↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第五部:新しい王家 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/49

第四十六話 セレナ、聖女候補を降りる

 その日も、セレナは、聖女候補としての務めをこなしていた。


 祈りの儀式、公務としての奉仕活動。幼い頃から、当たり前のように積み重ねてきた所作の一つ一つに、寸分の乱れもなかった。


 だが、その完璧な所作の端々に、以前にはなかった、かすかな迷いが、静かに滲み始めていた。


 務めを終えた後、セレナは、温室に立ち寄った。


 そこには、セドリックの姿があった。


「――セレナ嬢」


「セドリック様」


 二人は、いつものように、短く言葉を交わした。


「最近、少し、変わったことを始めました」


 セドリックが、何気ない調子で切り出した。


「書庫で、自分の興味のある記録を、読み漁っています。誰かに命じられたわけでもなく」


 その言葉に、セレナは、小さく目を見開いた。


「――ご自分の意志で」


「ええ。まだ、何のためになるかも、分かりません。ただ、俺自身が、そうしたいと思ったので」


 その言葉は、セレナの中に、静かに、しかし確かに、波紋を広げた。


 これまで、抑え込んできた問いが、再び、頭をもたげてくる。


 ――私も、そんな風に、生きられるのだろうか。


 幼い頃から、「選ばれた存在」として扱われてきた。「聖女候補」という肩書きの外側で、自分がどうありたいのか。それを、まともに考えたことすら、これまでなかった。


「――怖いのです」


 セレナは、思わず、そう漏らしていた。


「聖女候補ではない自分が、どういう人間なのか。今更、分からなくて」


 その本音に、セドリックは、静かに耳を傾けていた。


「――分かります」


 セドリックは、そう答えた。


「俺も、まだ、途中です。役割を降りることは、怖い。今でも、時々、分からなくなります」


 その言葉には、慰めではなく、対等な共感があった。


「それでも」


 セドリックは、続けた。


「少しずつでいい、と思うんです。俺も、まだ、自分の答えを、探している最中ですから」


 その言葉に、セレナの中の何かが、静かにほどけていくのを感じた。


 急いで答えを出す必要はない。完璧に、聖女候補という立場を捨てる必要もない。ただ、少しずつ、自分自身の意志で、その関わり方を、選び直していけばいい。


 セレナは、静かに、そう心に決めた。


「私は」


 セレナは、ゆっくりと、言葉を紡いだ。


「聖女候補という立場を、完全に手放すつもりは、まだありません」


 それから、少し間を置いて、続けた。


「ただ、その立場のために、自分自身を演じ続けることからは、もう降りようと思います」


 それが、今のセレナに選べる、最初の一歩だった。


 これからは、演じるのではなく、自分の意志で、選び取っていく。


 その声には、これまでの、完璧に整えられた響きとは違う、初めての、素の強さがあった。


 セドリックは、その言葉を、静かに受け止めた。


「――良い選択だと、思います」


 二人は、しばらく、無言のまま、向かい合っていた。恋愛的な言葉は、まだ交わされなかった。それでも、互いの中に、これまでとは違う、確かな何かが、育ち始めていることは、疑いようがなかった。


 温室のガラス越しに差し込む光が、二人を、柔らかく包んでいた。


 それぞれが、自分の意志で、人生を選び始めていた。


 その先に、新しい季節が、静かに、しかし確かに、待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。