第四十四話 《価値鑑定》の本当の意味
王宮の書庫、古い記録の並ぶ一角で、リリアーナは、ある一冊の歴史書を手に取っていた。
そこには、遠い昔、《価値鑑定》の能力を持つ者が、王を選んだという記録が、誇らしげに記されていた。
――《価値鑑定》の聖女が、正当なる王を選び出した。
その一文を、リリアーナは、何度も読み返した。
「――何か、気になることでも?」
隣で、別の記録を確認していたアレクシスが、声をかけた。
「この記述、なんだか、しっくりこなくて」
リリアーナは、正直に、そう答えた。
「私が実際に使ってきた力は、こんな風に、『正当な王』を選び出すような、大層なものじゃなかった気がするの」
その違和感を、リリアーナは、丁寧に言葉にしていった。
あの日、森で倒れていたアレクシスに、初めて力を使った時。視界に浮かんだのは、「まだ自分の価値を知らない」という、曖昧な言葉だった。地位でも、王としての資質でもなかった。
王宮での調査の中で感じた、あの新しい感覚も、同じだった。証言者の中にある、誰かを守ろうとする気持ち。何かを大切にしている、その方向性。
「――地位や資格を、鑑定していたわけじゃない」
リリアーナは、静かに、その気づきを言葉にした。
「私が見ていたのは、いつも、その人が何を大切にしているか、だった」
その一言に、アレクシスも、はっとしたように顔を上げた。
「――それなら」
「ええ」
リリアーナは、頷いた。
「昔の《価値鑑定》の使い手も、きっと同じだったんじゃないかしら。『王家の正当性』を証明したんじゃない。ただ、その時代に、何を大切にする人が必要とされているか――それを、見抜いていただけ」
歴史書は、それを、都合よく「正当性の証明」として、書き換えてしまったのかもしれない。
「価値があるから、選ばれるんじゃない」
リリアーナは、静かに、続けた。
「選ばれた人が、たまたま、その時代に必要なものを、持っていただけ」
その言葉に、アレクシスは、深く頷いた。
「――お前の言う通りだ。俺が、市井で学んだこととも、繋がる気がする」
「そう?」
「地位や肩書きが、価値を作るんじゃない。その人が、何を見て、何を大切にして、どう生きているか。それこそが、本当の価値だ」
二人は、しばらく、その理解を、静かに分かち合っていた。
リリアーナは、そこで、ふと、自分自身にも、その理解を向けてみた。
これまで、ずっと、「役に立つから」価値があると思っていた。誰かに必要とされること、何かの役に立つこと。それができて初めて、自分には意味があると思ってきた。
だが、今なら、少し違う言葉で、自分を捉えられる気がした。
「――私は、役に立ったから、ここにいるんじゃないのかもしれない」
リリアーナは、静かに呟いた。
「ただ、私自身として、ここにいて、いいのかもしれない」
その言葉には、これまでにない、静かな安らぎがあった。
アレクシスは、その言葉を、深く受け止めた。
「――お前は、ずっと、そうだったよ」
その一言に、リリアーナの目に、静かに涙が滲んだ。
《価値鑑定》という力の意味は、物語の最初とは、まったく違う場所に、たどり着いていた。
人の価値とは、身分でも、能力でも、他人から与えられる評価でもない。
その人が、何を大切にして、どう生きているか。そして、ただ、その人がその人として、そこに在ること。
それこそが、本当の価値だった。
窓の外には、穏やかな光が差し込んでいた。
次に向き合うべきは、もう一人――長い間、妹への想いを秘めたまま、口には出せずにいた人物の物語だった。




