第四十二話 新しい王家へ
事件の決着から、しばらくの時が過ぎていた。
王宮に流れる空気は、目に見えて劇的に変わったわけではない。それでも、日々の中に、これまでとは違う何かが、静かに根付き始めていた。
マリアンヌは、以前のように、セドリックの前で多くを語ることはなくなっていた。だが、その沈黙は、以前のような、期待を押し付ける沈黙ではなかった。息子の選択を、静かに見守ろうとする、新しい形の距離だった。
セシリアもまた、少しずつ、変わりつつあった。「完璧な王妃」という仮面を、完全に脱いだわけではない。それでも、時折見せる、ふと素の表情に、以前にはなかった柔らかさが、滲むようになっていた。
アレクシスとリリアーナは、王宮の一角、日当たりのいい部屋で、穏やかな時間を過ごしていた。
「令嬢としてでも、王子の付属品としてでもなく」
リリアーナが、ふと呟いた。
「私は、私として、ここにいる。まだ、少し不思議な感じがするけれど」
「俺も、同じだ」
アレクシスは、静かに微笑んだ。
「王太子としてじゃない。アレクシスとして、そして、あの町でアレクと呼ばれていた自分としても、ここにいる」
肩書きは、確かに戻ってきていた。だが、それは、以前とは違う意味を持つ肩書きだった。
その頃、セドリックは、これまで避けてきた場所――王宮の書庫に、自らの意志で足を踏み入れていた。
王太子としての教育の一環としてではない。ただ、純粋な興味から、歴史の記録を紐解いてみたいと思った。誰に命じられたわけでもない、初めての、自発的な一歩だった。
書庫を出た帰り道、セドリックは、温室に立ち寄った。
そこには、いつものように、セレナの姿があった。
「――セドリック様」
「セレナ嬢」
二人は、短く挨拶を交わした。それから、セレナが、少し首を傾げるようにして、セドリックを見つめた。
「――少し、変わられましたね」
「そう、見えますか」
「はい」
セレナは、小さく微笑んだ。
「以前より、少しだけ……ご自分の顔を、しておられます」
その言葉に、セドリックは、思わず頬を緩めた。
「あなたも、少し、変わったように見えます」
「――そうでしょうか」
「ええ。以前より、少しだけ、力の抜けた顔を、しています」
二人は、どちらからともなく、小さく笑い合った。まだ、名前のつかない関係だった。それでも、確かに、何かが、少しずつ育ち始めていた。
王宮全体にも、静かな変化が広がりつつあった。
国王は、重臣たちとの会議の場で、これまでよりも、下位の者たちの声に、耳を傾ける機会を増やしていた。「役割を守る家」であることに固執してきた王家が、少しずつ、「人を守る家」へと、その姿を変え始めていた。
劇的な改革ではない。それでも、確かな、小さな変化の積み重ねだった。
アレクシスは、廃太子でも、完璧な王太子でもなかった。
リリアーナは、役立たず令嬢でも、単なる婚約者でもなかった。
セドリックは、兄の控えでも、野心家でもなかった。
それぞれが、自分に貼られていた役割を、一枚、また一枚と、静かに脱ぎ捨てていった。
その先にあったのは、誰かに与えられた名前ではなく、自分自身で選び取った、それぞれの生き方だった。
「役割を、脱ぐ季節」は、静かに、その終わりを迎えようとしていた。
そして、その先に、新しい季節が、既に始まろうとしていた。




