↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第一部:名前のない季節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/10

第四話 彼女が見ていないもの

 傷が塞がり始めたのは、小屋での生活が始まって五日目のことだった。


「もう、そんなに気を遣わなくていい。歩ける」


「無理はしないで。まだ完全じゃないんだから」


 そう言いながらも、リリアーナはそれ以上止めはしなかった。アレクシスは寝台を離れ、小屋の戸口までゆっくりと歩いてみせる。痛みはまだ残っていたが、行動範囲が広がる感覚は、思いのほか心地よかった。


 戸口から見える景色の中に、リリアーナが向かう先――屋敷が見えた。


 その日の午後、水を汲みに行くリリアーナの後を、アレクシスは少し離れてついていった。屋敷の裏手、井戸のある一角。すれ違う使用人たちの様子に、アレクシスは目を留めた。


「お嬢様」


 声をかける者はいる。だが、そこに込められているのは親しみというより、どこか及び腰な丁寧さだった。まるで、扱いを間違えれば壊れてしまう硝子細工にでも触れるような。


 誰も邪険にはしない。だが、誰もそれ以上踏み込まない。


 リリアーナはそれを気にする様子もなく、水桶を提げて淡々と歩いていく。慣れた足取り。誰かに気にかけられることを、初めから期待していない歩き方だった。


 小屋に戻ると、アレクシスは黙って水桶を受け取り、水を注ぎ分けるリリアーナの手際を見ていた。薬草の見分け方、傷の縫い方、身を隠す判断の速さ。この五日間だけでも、数えきれないほど彼女の技量を目にしてきた。


「――なあ」


「何?」


「お前の、その《価値鑑定》とは別に聞きたいんだが」


 アレクシスは言葉を選びながら続けた。


「薬草の知識も、傷の手当ても、正体の知れない人間を匿う判断も、お前は一人でこなしている。それのどこが、役に立たないんだ」


 リリアーナは、一瞬、虚を突かれたような顔をした。


「……それは、誰にでもできることだもの」


「誰にでもできることを、誰もがやっているわけじゃないだろう」


 リリアーナは視線を落とし、桶の水面を見つめた。


「そういうことじゃないの。私が言っているのは、《価値鑑定》の話。戦えない。癒せない。国のために役立つ力じゃない。それだけで、私は――」


 言葉が、そこで一度途切れた。


「私がいなくても、困る人はいないもの」


 静かな声だった。悲観でも、自己憐憫でもない。ただ、長い時間をかけて、そう思い込むことに慣れてしまった声だった。


 アレクシスは、何かがおかしいと感じた。


 この娘は、自分の行動そのものは正確に把握している。誰かを助けたことも、判断を誤らなかったことも、覚えている。それなのに、それを「自分の価値」として数えることだけが、できずにいる。


 証明できるものしか、自分の価値だと思えない。


 ――それは、どこかで聞いた話だ。


 自分自身のことだと、アレクシスは思わず苦く笑いそうになった。王太子という肩書きを失った瞬間、自分に何が残っているのか分からなくなった、あの感覚と同じだった。


 この娘は、《価値鑑定》で他人の価値を見る力を持ちながら、自分自身にだけは、その力を向けたことがないのかもしれない。


 何か言おうとして、アレクシスは口をつぐんだ。


 今の自分に、それを言う資格があるのか。名も名乗れず、身分も明かせない自分が、彼女に「お前には価値がある」と告げたところで、何の重みも持たないのではないか。


 言葉の代わりに、アレクシスは水桶に手を伸ばした。


「――運ぶくらいは、俺にもできる」


「怪我人が無理しないで」


「これくらいは、いいだろう」


 押し問答の末、結局二人で桶を運ぶことになった。他愛のないやり取りだったが、リリアーナはそのとき、小さく笑った。


 まだ言葉にできることは少ない。


 それでも、行動でなら、少しずつ示していける。アレクシスはそう思いながら、痛む腕で桶の取っ手を握り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。