↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第一部:名前のない季節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/10

第三話 名前のない生活

 小屋での二日目の朝は、意外なほど穏やかに始まった。


「動かないで。まだ傷が塞がっていないんだから」


 リリアーナは寝台の脇に膝をつき、慣れた手つきで包帯を巻き直していく。薬草の知識だけは、屋敷でも一応褒められる程度にはあるらしい。


「……手際がいいな」


「これくらいしか、褒められるところがないもの」


 さらりと返された自嘲に、アレクシスは何も言えなかった。


 名前だけで呼び合う奇妙な距離感は、思っていたよりずっと居心地が良かった。「殿下」でも「王子」でもなく、ただ「アレク」。誰の期待も背負っていないその響きに、体の力が少しずつ抜けていくのが分かった。


 包帯を替え終えると、リリアーナは椅子に腰を下ろし、簡単な朝食を差し出した。硬いパンと、薄い野菜のスープ。王宮の食卓とは比べようもない質素さだったが、アレクシスはそれを不快には感じなかった。


「あなたは、何をしていた人なの」


 当たり障りのない問いだった。アレクシスは言葉を選びながら答える。


「……人に仕える仕事、のようなものをしていた」


 嘘ではない。国に仕える身だったのだから。


 リリアーナはそれ以上追及せず、「そう」とだけ言って、自分のスープに口をつけた。


「私は、役立たずよ」


 唐突に、彼女はそう言った。自嘲というより、事実を淡々と述べるような口調だった。


「《価値鑑定》っていう力があるの。でも、戦えるわけでも、癒せるわけでもない。ただ、相手の価値とやらを見るだけの、誰の役にも立たない力」


 アレクシスは、その名を初めて耳にした。


「――価値を、見る」


「そう。でも実際には、地位とか、能力とか、そういうものすら測れない。曖昧な言葉が浮かぶだけの、飾りみたいな力よ」


 自嘲気味に笑うリリアーナを見ながら、アレクシスの中に小さな違和感が生まれた。


 地位も能力も測れないのに、なぜその力は存在するのか。何かを見ているはずだ。ただ、それが何なのか、この娘自身にも分かっていないだけではないか――。


 王太子として、成果の見えないものを評価する術を、これまで教えられてこなかった。それでも、なぜかこの話が、頭の片隅に引っかかって離れなかった。


 朝食を終えると、アレクシスは無言のまま、皿を重ねて脇へ寄せた。


「――いいのに、そんなの」


「体に染みついているだけだ」


 短くそう答えたが、内心では自分でも意外だった。王宮では誰かがすべてを片付けてくれた。皿を重ねる仕草など、身につけた覚えはない。それでも、手は自然に動いていた。


 リリアーナは、それを見て一瞬だけ目を止めた。


「……几帳面なのね」


 何気ない一言だった。だが、その響きが、なぜか彼女の記憶に小さく残った。理由は、リリアーナ自身にもまだ分からなかった。


 日が傾き始めると、リリアーナは小屋を出る支度を始めた。


「また明日、来るから」


「……世話をかける」


「別に。放っておけないだけよ」


 言い残して、リリアーナは小屋を後にした。


 一人になったアレクシスは、木の椀に残ったスープの薄い湯気を眺めながら、ふと思った。


 この娘は、なぜ毎日ここに来るのだろう。


 世話をするだけなら、最低限の頻度で構わないはずだ。それなのに、今日も、明日も、と当然のように口にする。


 深く考えるほどのことでもない。そう自分に言い聞かせながらも、アレクシスは、次にリリアーナが小屋の戸を開ける瞬間を、少しだけ待ち遠しく思っている自分に気づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。