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【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第四部:役割を、脱ぐ季節 

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第三十八話 王妃セシリアの重さ

 アレクシスは、実母、王妃セシリアのもとを訪れていた。


 これまでの、国王やマリアンヌとの対話とは、また違う緊張が、そこにはあった。実の親子であるからこそ、踏み込みにくい領域があった。


「――事件のことで、伺いたいことがあります」


 アレクシスが切り出すと、セシリアは、静かに姿勢を正した。


「何でも、お聞きなさい」


 その声は、王妃としての、揺るぎない模範的な響きを保っていた。だが、アレクシスは、その奥に、何かが隠れていることを感じ取っていた。


「――母上は、当時、何か、異変に気づいていましたか」


 その問いに、セシリアの表情が、わずかに強張った。


「……何を、根拠に、そのようなことを」


「これまでの調査で、色々なことが見えてきました。母上が、何もご存知なかったとは、思えません」


 アレクシスの声は、静かだったが、揺るがなかった。


 セシリアは、しばらく沈黙していた。「完璧な王妃」という、長年身につけてきた仮面が、その沈黙の中で、少しずつ、剥がれ始めていた。


「――気づいて、いました」


 ようやく、震える声で、そう認めた。


「王宮の空気が、少しずつ、不穏になっていくのを。あなたの周囲で、何かがおかしいということも」


「では、なぜ」


「――怖かったのよ」


 セシリアの声が、初めて、本音の色を帯びた。


「あなたが、弱さを見せることを、私が、許せなかったのかもしれない」


 その一言に、アレクシスは、息を呑んだ。


「完璧な王太子であるあなたを、私は、ずっと誇りに思っていた。だからこそ、あなたが困っている、あなたが揺らいでいる――そんな姿を、認めたくなかった。認めれば、私自身が積み上げてきたものまで、崩れる気がして」


 セシリアは、そこで、深く息をついた。


「だから、異変に気づいていながら、見て見ぬふりをしてしまった。あるいは、対処を誤った。今にして思えば、そう言わざるを得ないわ」


 アレクシスは、しばらく、何も言えなかった。


 セシリアは、さらに続けた。


「私は、王妃として、責任感を持って、あなたを育てたつもりだった。でも、それは、いつしか、私自身の理想を、あなたに重ねていただけだったのかもしれない」


 その言葉には、深い後悔が滲んでいた。


「マリアンヌ様とは、違う形だったかもしれない。でも、私もまた、あなた自身ではなく、『あるべき王太子の姿』を、見ていたのかもしれないわ」


 その告白に、アレクシスは、複雑な感情を抱いた。


 責める気持ちは、不思議と、あまり湧いてこなかった。むしろ、自分自身の変化と、重なる部分があった。


「――俺も、市井に出るまでは、自分がどうしたいかより、どうあるべきかばかり、考えていました」


 アレクシスは、静かに言った。


「母上だけを、責めるつもりはありません」


 その言葉に、セシリアの目から、静かに涙がこぼれた。


「――ごめんなさい」


 その謝罪は、これまでの、どの言葉よりも、率直なものだった。


 完全な和解には、まだ、程遠かったかもしれない。それでも、母子の間に、初めて、飾りのない言葉が交わされた実感が、確かに残っていた。


 アレクシスは、静かに部屋を辞した。


 これまでに集めた証言も、マリアンヌの告白も、レオンハルトの言葉も、セシリアの記憶も。


 それぞれは、確かに一つの事件を指し示している。


 だが、それらは、まだ一本の線には繋がっていなかった。

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