第三十七話 侯爵家の影
アレクシスは、正式に、レオンハルトとの対面を申し入れていた。
糾弾のためではない。あくまで、真相を知るための対話であることを、あらかじめ明確にした上での申し入れだった。
通された一室で、レオンハルトは、静かに待っていた。動揺も、逃げる素振りも、そこにはなかった。
「――ようやく、お尋ねになりましたね」
その第一声には、まるで、この時が来ることを、とうに予期していたかのような、落ち着きがあった。
「これまでのことを、聞かせていただきたい」
アレクシスは、単刀直入に切り出した。
レオンハルトは、しばらく沈黙した後、静かに語り始めた。
「――あの頃のあなたは、王太子として、あまりに理想に偏りすぎていた」
その言葉には、批判というより、冷静な分析のような響きがあった。
「若く、聡明であられた。だが、理想だけでは、国は治まりません。このままでは、王家は、いずれ立ち行かなくなる。私は、そう判断しました」
「――それが、事件を起こす理由になるのか」
「事件を、起こしたつもりはございません」
レオンハルトの声に、初めて、わずかな鋭さが加わった。
「私は、ただ、王家に、選択肢を残したかったのです。セドリック様を、王にしたかったわけではありません」
その言い回しは、微妙だった。断定を避けながら、それでいて、自分の行動を正当化しているようにも聞こえた。
「――具体的に、何をした」
アレクシスの声が、静かに、しかし鋭さを増した。
レオンハルトは、すべてを認めたわけではなかった。だが、否定もしなかった。
「マリアンヌ様に、機会があることをお伝えしました。当時の状況の一部について、然るべき方向へ、整理する手助けをしたことも、事実です」
「――それは、事件を操作した、ということか」
「操作、という言葉は、正確ではありません。私は、あるべき方向へ、状況を整えただけです」
その物言いに、アレクシスは、静かな怒りを覚えた。だが、それは、単純な憤りだけでは片付けられない、複雑な感情でもあった。
レオンハルトの語る大義には、確かに、一理あった。当時の自分が、理想に偏りすぎていたことも、否定はできない。
それでも。
「セドリックや、マリアンヌ様を、駒として使ったつもりはございません」
レオンハルトは、そう続けた。だが、その言葉には、明確な反省の色は、見えなかった。結果として、二人を、自分の思惑の中で動かしたことへの、謝罪の言葉は、最後まで出てこなかった。
アレクシスは、しばらく、レオンハルトを見つめていた。
それから、静かに、しかしはっきりと告げた。
「――あなたの言葉には、一理ある。国を思う気持ちも、嘘ではないのだろう」
その言葉に、レオンハルトの表情が、わずかに緩んだ。
「だが」
アレクシスは、続けた。
「その正しさのために、誰かの人生を、勝手に使っていい理由には、ならない」
その一言に、レオンハルトの表情から、初めて、余裕が消えた。
わずかな動揺が、その顔をよぎった。だが、それでも、完全に非を認める言葉は、口から出てこなかった。
「――私は、間違っていたとは、思っておりません」
短く、そう言うだけだった。
対話は、平行線のまま、そこで一区切りついた。
アレクシスは、部屋を後にしながら、静かに考えていた。
事件の大枠は、見えてきた。
だが、それでも、まだ分からないことがある。だが、まだ、一つ、確かめなければならないことが残っていた。
実の母、王妃セシリア。
彼女もまた、この事件の中で、何かを見て、何かを選んでいたはずだった。




