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【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第四部:役割を、脱ぐ季節 

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第三十五話 セドリックの記憶

「――事件当時のことを、お前の口から、改めて聞かせてほしい」


 アレクシスは、静かにそう切り出した。


 二人きりの部屋だった。あの庭園でのやり取りから、少しずつ築かれてきた対話の糸口。だが、事件そのものに正面から触れるのは、これが初めてだった。


 セドリックは、しばらく答えられずにいた。


「――正直に、申し上げます。俺が、何を知っていて、何を知らなかったのか。今でも、よく分からないのです」


 その言葉は、言い訳でも、はぐらかしでもなかった。むしろ、セドリック自身、これまで一度も、きちんと向き合ってこなかった記憶なのだと、その戸惑った声が物語っていた。


「――思い出せる範囲でいい」


 アレクシスは、急かさずに、静かに促した。


 セドリックは、目を伏せ、少しずつ、記憶を辿り始めた。


「事件が起きる少し前、母上から、何度か言われたことがあります。『機会があれば、しっかり見せなさい』と」


「――見せる、とは」


「その時は、深く考えませんでした。ただ、努力を怠るなという、激励の言葉だと思っていました」


 セドリックは、そこで、一度言葉を止めた。


「事件当日のことも、思い出そうとすると……妙に、曖昧なのです」


「曖昧、とは」


「自分がどこにいて、何をしていたか。断片的には覚えています。ですが、肝心なところになると、記憶が、まるで霧がかかったように、はっきりしない」


 その言い方に、アレクシスは、わずかに眉をひそめた。


 セドリックは、さらに記憶を辿り続けた。話しているうちに、彼の中で、ある疑念が、少しずつ形を持ち始めていった。


「俺は……もしかしたら」


 声が、かすかに震えた。


「事件の中心にいたはずなのに、実際には、多くのことを、知らされていなかったのではないか。そんな気が、してきました」


 その言葉は、これまでセドリックが、直視することを避けてきた可能性だった。


「俺は、ただ、流れに乗せられていただけだったのかもしれません」


 その一言を口にした瞬間、セドリックの表情に、これまでにない何かが浮かんだ。恐れとも、安堵ともつかない、複雑な色だった。


 アレクシスは、それを、静かに受け止めていた。


 責めるつもりも、慰めるつもりもなかった。ただ、弟が今、初めて向き合おうとしている事実を、そのまま受け止めることだけを、心がけた。


「――お前も、被害者の一人だったのかもしれないな」


 断定はしなかった。まだ、そう言い切るには、材料が足りない。だが、その可能性を、はっきりと言葉にすることには、意味があった。


 セドリックは、しばらく黙っていた。


 これまで、自分は「兄から立場を奪った者」なのか、それとも「何かに巻き込まれただけの者」なのか、その狭間で、ずっと揺れ続けていた。


 だが今、初めて、「自分もまた、何かに巻き込まれていた」という位置に、立てたような気がした。


 それは、単純な安堵ではなかった。だが、確かに、これまでとは違う何かだった。


「――母上は」


 セドリックが、ぽつりと呟いた。


「母上は、当時、何をご存知だったのでしょうか」


 その問いに、アレクシスは、しばらく答えられなかった。


 母マリアンヌ。その名前が、事件の輪郭の中に、もう一段、深く関わっているのかもしれない。


 まだ、全貌は見えない。だが、次に向き合うべき相手が、誰であるかは、はっきりとしていた。

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