第三十四話 当時を知る者たち
女官の証言を手がかりに、アレクシスとカイルは、聴取の範囲を、少しずつ広げていった。
近衛兵、下働きの者、王宮に出入りしていた商人。身分の低い立場にある者たちの声を、丁寧に拾い集めていく作業だった。
一人ひとりの証言は、それぞれ小さく、確信に欠けるものだった。だが、それらを積み重ねていくうちに、いくつかの共通点が、静かに浮かび上がってきた。
「――あの夜、普段は使われない裏門が、開いていました」
「見慣れない馬車が、深夜に出入りしていたのを、見た覚えがあります」
断片的な証言の一つ一つは、状況証拠に過ぎなかった。だが、それらが少しずつ、一つの輪郭を形作り始めていた。
そんな中、一人の老齢の女官が、聴取の場に呼ばれていた。当時、王宮の奥向きに長く仕えていた人物だった。
だが、彼女は、他の証言者たちとは違い、明らかに何かを話すことを躊躇っている様子だった。
「――何か、覚えていることはありますか」
アレクシスの問いに、女官は、視線を伏せたまま、しばらく黙っていた。
リリアーナは、静かにその様子を見つめていた。何かを恐れているのではない。むしろ、誰かを守ろうとしている、そんな気配が、その沈黙の中にあった。
あの夜、初めて感じたあの手応えを思い出しながら、リリアーナは、そっと《価値鑑定》を使った。
嘘を見抜けるわけではない。ましてや、心の中を覗けるわけでもない。ただ、女官の中にある、深く静かな誠実さの方向だけが、かすかに伝わってきた。誰かのために、あえて口を閉ざし続けてきた、その覚悟のようなもの。
まだ、確信を持って使いこなせる力ではなかった。それでも、感じ取ったものを、リリアーナは信じることにした。
「――無理に、話していただかなくても構いません」
リリアーナは、静かに、そう切り出した。
「ただ、あなたが今まで、誰かを守るために黙っていたのだとしたら。その気持ちは、とても大切なものだと思います」
その言葉に、女官の肩が、わずかに震えた。
「――どうして、それが分かるのですか」
「私には、少しだけ、人の本質が見える力があるので」
リリアーナは、優しく微笑んだ。咎めるつもりは、少しもなかった。
女官は、しばらく涙をこらえるように俯いていた。それから、ようやく、途切れ途切れに語り始めた。
「――あの頃、私は、ある方から、多くを語らぬようにと、口止めをされていました」
「――誰から」
「それは……高い身分の方から、としか、今は申し上げられません」
女官は、それ以上を、まだ明かすことができなかった。だが、その一言だけでも、事件の輪郭は、確かに、わずかに姿を現し始めていた。
聴取を終えたあと、アレクシスは、しばらく黙って考え込んでいた。
「――高い身分の方、か」
「セドリックか、あるいは、もっと上の誰か」
カイルが、静かに続けた。
アレクシスの表情が、静かに引き締まった。
「――セドリックにも、話を聞かなければならない」
これまで、あの庭園で交わしてきた弟との対話とは、また違う意味を持つ会話になるだろう。事件そのものについて、正面から向き合う時が、来ていた。
少しずつ、事件の輪郭が、姿を現し始めていた。
だが、その先に何が待っているのか、まだ、誰にも分からなかった。




