第三十二話 重臣たちへの発表
謁見の間には、王国の重臣たちが、一堂に会していた。
厳かな空気の中、アレクシスは、国王の傍らに立っていた。居並ぶ顔ぶれの中には、アレクシスの帰還を素直に喜ぶ者もいれば、様子を窺うように沈黙を保つ者もいる。そして、末席近くに、アシュフォード侯爵、レオンハルト・フォン・アシュフォードの姿もあった。
「――此度、アレクシスの王太子復権に向けた、正式な手続きを開始する」
国王の宣言が、謁見の間に響いた。
その瞬間、重臣たちの間に、驚きと、様々な思惑の混じったどよめきが広がった。
「――発言を、お許しいただけますか」
アレクシスが、静かに一歩前へ出た。国王が、小さく頷く。
「この数ヶ月、俺は市井で過ごしていました」
その言葉に、重臣たちの視線が、一斉にアレクシスへと集まった。
「荷運びの仕事をし、日々の糧を、自分の手で稼ぎました。税がどのように人々の暮らしに響くか、地方の行政が、実際の生活とどれほど噛み合っていないか。それを、この目で見て、この身で知りました」
声には、迷いがなかった。
「王太子に戻りたくて、ここに立っているわけではありません。あの町で見た暮らしを、守れる国にしたい。そのために、俺は王になりたいと思っています」
その言葉に、謁見の間の空気が、大きく揺れた。
「――市井での経験、確かに得難いものでしょう」
一人の老臣が、感心したように呟く声が聞こえた。だが、別の方角からは、眉をひそめる声も上がった。
「しかし、王太子ともあろう方が、荷運びなどという卑しい仕事を……。品位に関わることでは」
「前例のないこと。慎重に判断すべきかと」
支持、懐疑、様子見。重臣たちの反応は、決して一様ではなかった。
その空気の中、静かに口を開いたのが、レオンハルトだった。
「――アレクシス殿下」
その声は、丁寧でありながら、鋭さを含んでいた。
「市井の暮らしを知ることと、この国全体を統べることは、必ずしも同じではございません。一つの町で見た現実が、王国全土に当てはまるとは限らない。その点は、いかがお考えでしょうか」
筋の通った指摘だった。アレクシスは、その言葉を、真正面から受け止めた。
「――ごもっともです。一つの町で見たものが、王国全体の縮図だとは思っていません」
「では」
「だからこそ、これから、この国のあらゆる場所を、自分の目で見ていくつもりです。今回のことは、その始まりに過ぎません」
レオンハルトは、わずかに目を細めた。だが、それだけでは終わらなかった。
「もう一点、申し上げねばなりません」
その声が、一段と鋭さを増した。
「廃太子に至った事件――あの一件の真相は、いまだ、正式には解明されておりません。その状態での復権は、拙速ではございませんか」
その指摘に、謁見の間が、しんと静まり返った。
核心を突く言葉だった。アレクシス自身、その事実から目を逸らすつもりはなかった。
「――その指摘は、正しい」
アレクシスは、はっきりとそう認めた。
謁見の間に、小さなどよめきが走った。反論を予想していた者たちにとって、それは意外な返答だったのだろう。
「だからこそ」
アレクシスは、静かに、しかし力強く続けた。
「あの事件の真相を、俺自身の手で明らかにする。誰かに委ねるのではなく、俺が、自分の目で確かめる」
その言葉には、迷いのない決意があった。
レオンハルトは、しばらくアレクシスを見つめていた。その表情からは、内心を読み取ることはできなかった。
「――承知いたしました」
短く、そう応じただけだった。
謁見の間には、これまでとは違う種類の緊張が、静かに満ちていた。
王太子への復権は、まだ道半ばだった。そして今、新たな、そして避けられない課題が、正式にアレクシスの前に突きつけられていた。
廃太子事件の、本当の真相。
それは、誰が裁かれるべきかという問いだけでは、きっと済まないだろう。
あの日、誰が、何を選び、なぜそう動いたのか。
セドリックも、母も、侯爵も、そして自分自身も――それぞれの事情を、一つひとつ明らかにしていくこと。それこそが、次に待つ、本当の道のりだった。




