第三十一話 王として戻る準備
王宮の一室に、アレクシス、リリアーナ、カイルの三人が集まっていた。
「――正式に王太子へ復するとなれば、避けて通れない手続きがいくつかある」
カイルが、持参した書類を机の上に広げながら言った。
「重臣たちの支持取り付け。廃太子事件そのものの、正式な再調査。それから――」
「それから?」
「セドリック殿の処遇だ。これは、避けようがない」
その言葉に、アレクシスの表情が、静かに引き締まった。
その日の午後、国王から、正式な打診があった。
「――アレクシス。お前の意志は、これまでの言動で、十分に伝わっている」
国王は、静かに切り出した。
「王太子への復権に向けて、正式な手続きを始めようと思う。だが」
その声には、まだ拭いきれない迷いが滲んでいた。
「セドリックの立場を、どう扱うべきか。あれも、この数ヶ月、必死に王家を支えてきた。無下にはできない」
父親としての葛藤が、その言葉の端々に表れていた。アレクシスは、それを静かに受け止めた。
「――セドリックのことは、俺自身が、これからも向き合っていきます」
「そうか」
国王は、小さく頷いた。それ以上、多くは語らなかった。
その夜、アレクシスは、改めて自分の考えを、言葉にしてまとめていた。
「俺は、ただ元の座に戻りたいわけじゃない」
カイルとリリアーナに向けて、アレクシスは、静かに語り始めた。
「市井で見た暮らしは、王宮からは、決して見えないものだった。日々の糧を稼ぐことの重み、税がどう暮らしに響くか、名もない人々が、何を望み、何に困っているか」
その言葉には、これまでの抽象的な決意とは違う、具体的な手触りがあった。
「地方行政の在り方も、税制も、今のままでは、民の実情と噛み合っていない部分がある。俺は、それを正したい。理想論ではなく、この目で見たことを、政策として形にしたい」
カイルは、静かにその言葉を聞いていた。
「――悪くない。いや、むしろ、地に足のついた話だ」
現実主義者らしい評価だった。だが、その声には、確かな手応えも滲んでいた。
「それで」
カイルが、リリアーナへと視線を向けた。
「お前は、これから、どうするつもりだ」
その問いに、リリアーナは、しばらく考え込んだ。
これまで、アレクシスの隣にいることは、当然のことのように思っていた。だが、改めて問われると、自分がどのような立場で、この先を歩んでいくのか、まだ明確な言葉にはなっていなかった。
「――令嬢として、ではないと思う」
リリアーナは、ゆっくりと言葉を選びながら、続けた。
「《価値鑑定》を持つ者として。そして、アレクシスの隣に立つ者として、公の場に立ちたい」
その声には、迷いよりも、確かな意志があった。
「ただ愛する人の隣にいたいから、というだけじゃない。私自身の力を、この国のために使いたい。市井で、その力が、確かに誰かの役に立つことを知ったから」
アレクシスは、その言葉を、静かに、しかし深く受け止めていた。
「――お前が望むなら、俺は、それを支える」
カイルは、しばらく二人を見比べていた。それから、小さく肩をすくめた。
「まったく、似た者同士だな、お前たちは」
その一言に、場の空気が、わずかに和んだ。
だが、すぐにカイルの表情は、実務家のものへと戻った。
「――さて。ここからは、腹を括ってもらうぞ。重臣たちへの発表、侯爵家との対峙。本格的な政治の舞台が、いよいよ始まる」
三人の間に、静かな、しかし確かな緊張が満ちていた。
いよいよ、次の局面へと、物語は動き出そうとしていた。




