第二十九話 アレクシスの問いかけ
王宮の裏手、あまり人の来ない小さな庭園に、アレクシスは弟を呼び出していた。
幼い頃、二人でよく駆け回った場所だった。今は手入れもまばらで、当時の面影は、ところどころにしか残っていない。
セドリックは、遅れてやってきた。表情には、拒絶とも期待ともつかない、複雑な色が浮かんでいた。
「――何のご用でしょうか」
硬い声だった。アレクシスは、しばらく黙って弟を見つめた。それから、静かに口を開いた。
「お前が、何を考えていたのか。俺は、ちゃんと知ろうとしてこなかった」
その言葉に、セドリックは、わずかに眉をひそめた。
「――今更、そんなことを仰るのですか」
皮肉めいた響きだった。心を開く気配は、まだ見えなかった。
「王代理として、俺がどれだけ、必死に立場を守ってきたか。今更、労いの言葉一つで、片付けられても困ります」
「労うつもりで、言ったわけじゃない」
アレクシスは、静かに首を振った。
「お前が優秀だったことも、王代理として立派に務めたことも、俺には評価する資格すらないと思っている。それは、お前自身が積み上げたものだ」
セドリックは、意外そうに、わずかに視線を上げた。
「俺が言いたいのは、そういうことじゃない」
アレクシスは、一度言葉を切った。それから、率直に続けた。
「正直に言う。市井で暮らしていた間、俺は、自分が何者なのか分からなくなった。王太子という肩書きを失って、その外側に、本当の自分と呼べるものがあるのかどうか、確信が持てなかった」
その言葉に、セドリックの表情が、わずかに動いた。
「兄上が、そんなことを?」
「ああ。今だから言えることだが」
アレクシスは、静かに続けた。
「お前にも、同じような迷いがあるんじゃないかと、今は思っている。王家の第二王子としてではなく、お前自身として、何を望んでいるのか。そこを、聞きたい」
「――弟として、ですか」
「いや」
アレクシスは、はっきりと首を振った。
「弟としてじゃない。一人の人間として、お前の話を聞きたい」
その言葉に、セドリックは、しばらく何も言えなかった。
王太子として、あるいは兄として、これまで何度も、様々な言葉をかけられてきた。だが、「一人の人間として」という言葉を、これほど正面から向けられたことは、記憶にある限り、一度もなかった。
胸の奥で、何かが揺れた。
「――兄上は、簡単に言いますね」
声が、わずかに震えていた。
「俺は、ずっと」
そこで、セドリックは、言葉を止めた。
まだ、全部を言葉にすることはできなかった。長年、胸の奥に押し込めてきたものを、そう簡単に、外に出せるはずもなかった。
アレクシスは、それ以上、無理に問い詰めなかった。
「――今日は、これでいい」
静かにそう言うと、アレクシスは、それ以上何も求めなかった。
セドリックは、複雑な表情のまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
完全な和解には、まだ程遠かった。だが、これまでとは、明らかに違う何かが、二人の間に、静かに生まれ始めていた。
庭園の風が、二人の間を、静かに吹き抜けていった。




