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【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第三部:名前を、選び直す季節 

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第二十九話 アレクシスの問いかけ

 王宮の裏手、あまり人の来ない小さな庭園に、アレクシスは弟を呼び出していた。


 幼い頃、二人でよく駆け回った場所だった。今は手入れもまばらで、当時の面影は、ところどころにしか残っていない。


 セドリックは、遅れてやってきた。表情には、拒絶とも期待ともつかない、複雑な色が浮かんでいた。


「――何のご用でしょうか」


 硬い声だった。アレクシスは、しばらく黙って弟を見つめた。それから、静かに口を開いた。


「お前が、何を考えていたのか。俺は、ちゃんと知ろうとしてこなかった」


 その言葉に、セドリックは、わずかに眉をひそめた。


「――今更、そんなことを仰るのですか」


 皮肉めいた響きだった。心を開く気配は、まだ見えなかった。


「王代理として、俺がどれだけ、必死に立場を守ってきたか。今更、労いの言葉一つで、片付けられても困ります」


「労うつもりで、言ったわけじゃない」


 アレクシスは、静かに首を振った。


「お前が優秀だったことも、王代理として立派に務めたことも、俺には評価する資格すらないと思っている。それは、お前自身が積み上げたものだ」


 セドリックは、意外そうに、わずかに視線を上げた。


「俺が言いたいのは、そういうことじゃない」


 アレクシスは、一度言葉を切った。それから、率直に続けた。


「正直に言う。市井で暮らしていた間、俺は、自分が何者なのか分からなくなった。王太子という肩書きを失って、その外側に、本当の自分と呼べるものがあるのかどうか、確信が持てなかった」


 その言葉に、セドリックの表情が、わずかに動いた。


「兄上が、そんなことを?」


「ああ。今だから言えることだが」


 アレクシスは、静かに続けた。


「お前にも、同じような迷いがあるんじゃないかと、今は思っている。王家の第二王子としてではなく、お前自身として、何を望んでいるのか。そこを、聞きたい」


「――弟として、ですか」


「いや」


 アレクシスは、はっきりと首を振った。


「弟としてじゃない。一人の人間として、お前の話を聞きたい」


 その言葉に、セドリックは、しばらく何も言えなかった。


 王太子として、あるいは兄として、これまで何度も、様々な言葉をかけられてきた。だが、「一人の人間として」という言葉を、これほど正面から向けられたことは、記憶にある限り、一度もなかった。


 胸の奥で、何かが揺れた。


「――兄上は、簡単に言いますね」


 声が、わずかに震えていた。


「俺は、ずっと」


 そこで、セドリックは、言葉を止めた。


 まだ、全部を言葉にすることはできなかった。長年、胸の奥に押し込めてきたものを、そう簡単に、外に出せるはずもなかった。


 アレクシスは、それ以上、無理に問い詰めなかった。


「――今日は、これでいい」


 静かにそう言うと、アレクシスは、それ以上何も求めなかった。


 セドリックは、複雑な表情のまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 完全な和解には、まだ程遠かった。だが、これまでとは、明らかに違う何かが、二人の間に、静かに生まれ始めていた。


 庭園の風が、二人の間を、静かに吹き抜けていった。

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