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【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第三部:名前を、選び直す季節 

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第二十八話 セドリックの逡巡

 自室に戻ったセドリックは、長椅子に腰を下ろしたまま、しばらく動けずにいた。


「あなた様ご自身の立場を、案じているだけです」


 レオンハルトの声が、頭の中で何度も繰り返される。


 あの言葉の裏に、打算があることは、セドリックにも分かっていた。侯爵が、本当にセドリック個人を案じているわけではない。あの家にとって都合のいい駒として、自分を見ているに過ぎないのだろう。


 それでも、完全には拒絶できなかった。


 打算だと分かっていても、あの言葉の中にある「あなたの立場」という響きが、今のセドリックには、ひどく心地よく感じられてしまう。誰かに、自分の立場を、自分の不安を、正面から見てもらえたような気がしたからだった。


 ――それが、打算からの言葉だとしても。


 その事実に、セドリックは、自分自身に対する小さな失望を覚えた。


 ふと、母の顔が浮かんだ。


「あなたなら、きっと認められるはずよ」


 あの言葉も、間違いなく愛情から出たものだった。母を疑いたくはない。だが、その愛情は、いつも「王になること」を前提にしている。ありのままの自分を、ただ見てほしいと願うことすら、母に対しては、どこか罪悪感を伴った。


 兄には、本音を話せない。


 母には、愛情ゆえに、本音を話せない。


 侯爵には、打算だと分かっていて、話す気にはなれない。


 誰にも、本当のところを、話せずにいた。


 セドリックは、静かに目を閉じた。


 ――兄でも、自分でもない、誰かになりたい。


 その願いは、まだ、誰にも打ち明けたことがなかった。言葉にしてしまえば、何か大切なものが壊れてしまう気がして、ずっと胸の奥に、そっと仕舞い込んだままだった。


 誰か一人でいい。損得抜きで、ただ「セドリック」という一人の人間として、話を聞いてくれる人がいたら。


 そんなことを、漠然と願っている自分に、セドリックは気づいていた。だが、そんな人間が、この王宮のどこにいるというのか。想像すらつかなかった。


 夕暮れの光が、部屋の中を橙色に染めていく。


 セドリックは、長椅子に深く沈み込んだまま、その光をぼんやりと眺めていた。孤独は、静かに、しかし確かに、胸の内側に居座り続けていた。


 その夜、一人の従者が、静かに部屋の扉を叩いた。


「セドリック様。アレクシス殿下より、お言伝てが」


 セドリックの心が、わずかに揺れた。


「――何と」


「近いうちに、改めて、お話ししたいことがある、と」


 その言葉に、セドリックは、しばらく答えられなかった。


 拒絶したい気持ちと、どこかで期待している自分とが、同時に胸の中にあった。


 兄が、また向き合おうとしている。


 それが、救いになるのか、それとも、新たな重荷になるのか。セドリックには、まだ、分からなかった。

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