↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第三部:名前を、選び直す季節 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/49

第二十六話 リリアーナ、王宮に立つ

 王宮の廊下を歩くたび、リリアーナは、まだどこか慣れない緊張を感じていた。


 磨き上げられた床、金の縁取りが施された調度品、すれ違う人々の洗練された所作。市井での日々とは、あまりにも違う空気が、そこには満ちていた。


 伯爵令嬢として、最低限の礼儀作法は身についている。だが、この場所の"格"そのものには、まだ馴染めずにいた。


「――あの方が、殿下が連れてこられたという」


「田舎の伯爵家の娘だとか。薬草に詳しいらしいけれど……」


 すれ違いざま、女官たちの囁きが、聞こえるとはなしに耳に届く。あからさまな悪意ではない。だが、値踏みするような、どこか見下したような響きが、その声には滲んでいた。


 その視線に、リリアーナの胸の奥が、一瞬、ちくりと痛んだ。


 屋敷にいた頃、自分に向けられていた視線と、どこか似ている。「役立たずの令嬢」と呼ばれていたあの頃の空気と、「素性の知れない娘」として扱われる今の空気は、地続きのもののように感じられた。


 ――以前なら、この視線に、すぐに萎縮していただろう。


 俯いて、目立たないように、なるべく早くその場を通り過ぎようとしていたはずだった。


 だが今、リリアーナは、足を止めなかった。


 萎縮しない自分に、リリアーナ自身が、少し驚いていた。市井で得たもの――薬草の知識、誰かに必要とされた記憶、《価値鑑定》を実際に人のために使った経験――それらが、今の自分を、静かに支えているのが分かった。


 強くなったわけではないかもしれない。それでも、以前とは違う場所に、確かに自分は立っている。その実感だけは、確かにあった。


 その日の午後、廊下の向こうで、小さな騒ぎが起きた。


「誰か、水を……! フィオナ様が、お倒れに」


 若い女官の一人が、顔面蒼白で、廊下にうずくまっていた。周囲の者たちは、慌てるばかりで、なかなか的確な対処ができずにいる。


 リリアーナは、迷わずその場に駆け寄った。


「――少し、失礼します」


 脈を確かめ、顔色と呼吸を見る。長時間の緊張と、慣れない気候による軽い貧血のようだった。命に関わるものではない。


「水を、少しずつで構いません。それから、風通しのいい場所で、横にならせてあげてください」


 持ち歩いていた薬草の中から、気付け代わりになるものを選び出し、手早く処置をする。


「――令嬢の身で、そんなことまで、分かるのですか」


 周囲の誰かが、驚いたように呟いた。その声には、もはや先ほどのような、値踏みする響きはなかった。純粋な驚きと、素直な感心が、そこにはあった。


 しばらくして、女官の顔色は落ち着きを取り戻した。


「――ありがとうございます。助かりました」


 深く頭を下げるその女官に、リリアーナは、小さく微笑んだ。


 《価値鑑定》の力だけではない。これまで自分の手と目で積み上げてきたものが、この王宮という場所でも、確かに誰かの役に立つ。その事実が、じんわりと胸に染みた。


 その夜、狭くはないが、まだどこか他人の部屋のように感じられる私室で、リリアーナはアレクシスと今日のことを話していた。


「まだ、慣れない場所だけど」


 リリアーナは、少し苦笑しながら言った。


「屋敷にいた頃と、似たような目で見られることもある。でも」


「――でも?」


「今は、それに負けない自分がいる気がするの。前の私なら、きっと違った」


 アレクシスは、静かにその言葉を聞いていた。


「お前は、変わった」


「あなたもね」


 二人は、どちらからともなく、小さく笑い合った。


 王宮という、かつては縁のなかった場所に、リリアーナは今、自分自身の足で立っていた。


 だが、この静けさが、いつまで続くのかは、まだ誰にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。