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【完結】悪役令嬢の役立たずスキルで、婚約破棄された王子様を拾いました  作者: ましろゆきな
第三部:名前を、選び直す季節 

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第二十五話 セドリックの内側

 中庭を辞した後、セドリックは自室の窓辺で、一人、長い時間を過ごしていた。


 兄と交わした短い会話が、頭の中で何度も繰り返される。


 ――兄上は、変わられましたね。


 自分でも、なぜあんな言葉が口をついて出たのか、うまく説明できなかった。ただ、あの落ち着いた佇まいを目にした瞬間、これまで抱いたことのない感情が、胸の奥で静かに波立った。


 優秀な兄の陰にいることには、幼い頃から慣れていた。


 剣術も、学問も、政治の駆け引きも。何をやっても、兄には及ばなかった。それでも、兄を憎いと思ったことは、一度もなかった。


 ただ、心の底に、消えない不安があった。


 ――自分は、永遠に、兄の控えなのではないか。


 その不安は、誰にも打ち明けたことがなかった。口にすれば、みっともない嫉妬だと思われる気がして、ずっと胸の奥に押し込めてきた。


 そして、廃太子事件が起きた。


 望んでいた立場では、決してなかった。それなのに、気づけば、自分が第一王子に近い扱いを受けるようになっていた。喜びよりも先に、戸惑いと、うっすらとした罪悪感が込み上げた。自分の力で得たものではない。ただ、兄が失ったものが、なし崩しに転がり込んできただけだった。


「――セドリック」


 物思いに沈んでいたところに、静かな声がかけられた。母、マリアンヌだった。


「アレクシス様が、王都にお戻りになったそうですね」


「……はい」


「あなたは、大丈夫なの?」


 その問いには、確かな気遣いが滲んでいた。セドリックは、それを疑ったことは、一度もなかった。


「――大丈夫です、母上」


「そう。なら、良かったわ」


 マリアンヌは、優しく微笑んだ。それから、ふと、付け加えるように言った。


「あなたが、ここまで努力してきたこと、私はよく知っています。この機会に、ちゃんと示していきなさい。あなたなら、きっと認められるはずよ」


 その言葉は、間違いなく愛情から出たものだった。だが、その奥に、「王になれば、認められる」という考えが、無意識に滲んでいることに、セドリックは、うっすらと気づいていた。


 気づかないふりをした。母の愛情を、疑いたくなかったから。


 マリアンヌが去った後、セドリックは、再び一人になった。


 兄が戻ってきたことに、確かに安堵している自分がいる。だが同時に、その安堵の奥に、名づけようのない、失望に近い何かが、静かに横たわっていることにも、気づいていた。


 ――兄でも、自分でもない、誰かになれたら。


 そんなことを、かつて一度だけ、誰にも言わずに願ったことがあった。兄の代わりでもなく、母の期待に応える駒でもなく、ただの、セドリックという一人の人間として。


 その願いは、これまで、誰にも打ち明けたことがなかった。


 ふと、脳裏に、今日見た兄の姿がよぎった。


 王太子でもなく、廃太子でもなく、ただ穏やかに、自分の言葉で語っていたあの姿。あれは、羨ましさだけでは片付けられない何かだった。


 もしかしたら――自分にも、同じように、選び直せる道があるのだろうか。


 その考えは、まだ、はっきりとした形を持っていなかった。


 窓の外、日が傾き始めた頃、一人の使者が、セドリックの部屋の前に立った。


「――アシュフォード侯爵家より、セドリック様へ。折り入って、お話ししたいことがあると」


 その言葉に、セドリックの心が、静かにざわめいた。


 セドリックは、静かに目を閉じた。


 自分が選び直せる道を、まだ漠然とだが、考え始めたばかりだった。その矢先だった。

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