第二十四話 弟との距離
王宮の一角、静かな中庭で、アレクシスはセドリックと向き合っていた。
供の者は、最小限しかいない。二人だけで話す機会を、アレクシスが望んだ結果だった。
「――兄上が、ご無事で……本当に、何よりです」
セドリックは、深く頭を下げた。言葉遣いは、礼を尽くしたものだった。だが、その声には、どこか硬さが残っていた。
「久しいな、セドリック」
アレクシスは、努めて柔らかい声で応じた。だが、目の前の弟の様子には、以前とは違う何かがあった。
かつては、もう少し気安く言葉を交わせたはずだった。それが今は、互いの間に、見えない壁があるかのように感じられる。
「市井で、しばらく過ごしていたと聞きました」
「ああ。荷運びの仕事をしていた。剣を握るより、よほど堪えた」
軽い調子でそう言ってみたが、セドリックの表情は、あまり緩まなかった。
「――変わった生き方を、選ばれたのですね」
その一言には、何か含みがあるようだった。だが、それが何なのか、アレクシスにはうまく読み取れなかった。
セドリックの内心では、複数の感情が、静かにせめぎ合っていた。
兄が、無事に戻ってきたこと自体は、素直に安堵していた。兄を憎んでいたわけではない。ただ、廃太子事件によって、望んでもいなかった立場を手にしてしまった自分に、これまでずっと戸惑いを抱え続けてきた。
その戸惑いが、兄の帰還によって、また揺さぶられていた。
――兄上が戻れば、また、自分は「控え」に戻るのだろうか。
そう思う自分を、セドリックは恥じてもいた。だが、その感情を、簡単に手放すことはできなかった。
「セドリック、今後のことだが」
アレクシスは、率直に切り出そうとした。廃太子事件の真相、これからの自分の意志、王宮内の今後について、腹を割って話したいという思いがあった。
だが、セドリックは、その話題に踏み込む前に、静かに視線を逸らした。
「――申し訳ありません、兄上。今日は、他にも予定がありまして」
その言い方には、明らかな回避の色があった。アレクシスは、それ以上、無理に踏み込まないことを選んだ。
「――分かった。また、日を改めよう」
「はい」
セドリックは、丁寧に一礼し、踵を返した。
だが、数歩進んだところで、ふと足を止めた。振り返らないまま、独り言のように、小さく呟いた。
「――兄上は、変わられましたね」
その声には、羨望とも、恐れともつかない、複雑な響きがあった。
アレクシスが何か返そうとしたときには、セドリックはもう、庭を後にしていた。
一人残されたアレクシスは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
弟との間に、確かに何かが変わってしまっている。それは、はっきりと感じられた。だが、その正体が何なのか、まだアレクシスには掴めなかった。
かつて、弟として見ていたはずの相手。だが、今のセドリックの奥には、自分の知らない何かが、静かに横たわっているように思えた。
その距離を、どう埋めればいいのか。
答えの出ないまま、アレクシスは、静かな中庭に、一人立ち続けていた。




