第二十三話 父との再会
王宮の廊下を歩きながら、アレクシスは、どこか他人事のような感覚を覚えていた。
磨き上げられた石床、金糸の織り込まれた壁掛け、等間隔に並ぶ調度品。かつては当たり前だったこの景色が、今は、まるで遠い記憶の中の場所のように感じられた。
「殿下、お戻りをお待ちしておりました」
出迎えた側近たちが、深く頭を下げる。その言葉遣いも、所作も、以前と寸分違わなかった。
だが、アレクシスの中には、かすかな違和感があった。
誰も、市井での日々のことなど知らない。ただ、以前のままの「殿下」として、型通りに接しようとしている。その慇懃さが、以前は当然のものだったはずなのに、今は、どこか居心地の悪いものに感じられた。
謁見の間ではなく、私的な応接室で、国王が待っていた。
久しぶりに見る父の顔には、深い皺が刻まれていた。この数ヶ月で、一気に老け込んだようにも見えた。
「――アレクシス」
国王は、しばらく言葉を失っていた。それから、震える声で、ようやく続けた。
「よくぞ、無事で……」
その声には、隠しきれない安堵が滲んでいた。だが同時に、その目には、戸惑いも浮かんでいた。
「日に焼けて、随分と、逞しくなったようだな」
国王の視線が、アレクシスの姿を、上から下まで確かめるように動いた。粗末な旅装、日に焼けた肌、以前より引き締まった体つき。かつての、儀礼にかなった王太子の姿とは、明らかに違っていた。
「お前は……変わったな」
その一言には、驚きだけでなく、無意識のうちに何かを探るような響きがあった。かつての、完璧であろうとした王太子の姿を、まだどこかで、アレクシスに重ねようとしているのかもしれなかった。
「はい。変わりました」
アレクシスは、まっすぐに父を見て、そう答えた。
「王宮を離れていた間、市井で暮らしていました。荷運びの仕事をし、日々の糧を自分で稼ぎ、名も知らぬ人々の暮らしを、この目で見てきました」
国王は、黙ってその言葉に耳を傾けていた。
「王太子に戻りたくて、ここに来たわけではありません」
アレクシスは、言葉を選びながら、続けた。
「あの町で見た暮らしを、守れる国にしたい。それが、俺の望みです」
その言葉に、国王は、しばらく何も言わなかった。ただ、その表情には、驚きと共に、どこか懐かしいものを見つけたような色が浮かんでいた。
「――お前の母も、若い頃は、そのようなことを口にしていた」
ぽつりと、国王はそう漏らした。それ以上は、多くを語らなかった。
アレクシスは、そこで、部屋の隅に控えていたリリアーナとカイルへと視線を向けた。
「父上に、紹介したい者がいます」
二人が、前に進み出る。
「リリアーナ・フォン・アルフォード。俺が倒れていたところを、助けてくれた人です。それから、彼女の兄、カイル・フォン・ヴァルシュタイン」
国王の目が、二人を捉えた。
「彼らは、単に助けてくれただけではありません。俺が、今こうして、自分の意志でここに立てているのは、彼らのおかげです」
その紹介には、これまでのアレクシスからは考えられないほどの、率直な感謝が滲んでいた。
国王は、しばらく二人を見つめた後、静かに頷いた。
「――よく、息子を支えてくれた。礼を言う」
場の空気は、わずかに和らいだ。だが、国王の表情には、まだ拭いきれない懸念も残っていた。
「アレクシス。お前の意志は、分かった。だが」
国王の声が、わずかに硬さを取り戻す。
「王宮内の反応は、一様ではないだろう。お前の廃太子には、政治的な経緯もある。すぐに、すべてが元通りになるわけではない」
「――承知しています」
「それに」
国王は、一度言葉を切った。
「セドリックにも、会わねばならないだろう」
国王は、そこでさらに、声をわずかに落とした。
「そして――お前の帰還を、快く思わぬ者も、既に動き始めている」
その忠告に、アレクシスは静かに表情を引き締めた。
静かに、しかしはっきりと、アレクシスは頷いた。
王都へ戻ることは、終わりではなかった。
まだ、多くの障壁が残っている。
本当の戦いは、ここから始まる。
それでも、この対面が、確かな一歩であったことは、疑いようがなかった。
親子としての、小さな和解の兆しが、静かに、その部屋に生まれていた。




