第十九話 侯爵家も町へ
翌朝、宿の一室に集まった三人に、カイルは静かに切り出した。
「侯爵家の動きを、少しでも遅らせる手を考えないとな」
実務的な口調だった。感情を排したその言い方に、リリアーナは、かえって兄らしさを感じた。
「先回りして、情報を探れないか。向こうがどこまで掴んでいるのか、それが分かれば、打つ手も変わる」
アレクシスは、静かに頷いた。だが、内心では、もっと根本的な問いが、静かに頭をもたげ始めていた。
その頃、町の外れに、見慣れない旅商人の一団が姿を現していた。
アシュフォード侯爵家の配下たちだった。表向きは、行商の一行を装っている。だが、その目的は、商いではなかった。
「――このあたりに、不自然に有能な若い男がいると聞いてな」
配下の一人が、市場の商人に、それとなく話を振る。
「ああ、荷運びの兄ちゃんか。この間も、揉め事をあっという間に収めちまってな。ただの荷運びとは思えない弁の立ちようだったよ」
「ほう。貴族のような話し方、というわけか」
「そこまでは言わないが……まあ、そんな雰囲気は、確かにあったな」
その一言一言が、配下の中で、静かに確信へと積み上がっていった。
さらに聞き込みを進める中、配下の一人が、ふと気になる噂を耳にした。
「――そういえば、少し前に、貴族らしい身なりの男も、この町に来てたな。妹を捜してるとか、何とか」
その情報に、配下の目が細まった。伯爵家の人間が、同じ町に現れている。偶然にしては、出来すぎている。
報告は、その日のうちに、王都へと走らされることになった。
その頃、町の中を歩いていたリリアーナは、これまでとは明らかに違う空気を感じ取っていた。
見覚えのない顔が、いくつも町に増えている。商人を装いながらも、視線の配り方が、これまでの旅人とはどこか違う。
「――アレク」
小声で呼びかけると、アレクシスも同じことに気づいていたようだった。
「侯爵家の手の者だろう。もう、動き出している」
その声には、覚悟に近いものが滲んでいた。
夕刻、三人は再び宿の一室に集まった。
「もう、猶予はない」
カイルが、はっきりと告げた。
「向こうは、確実にこの町を疑っている。次に動くのは、もう時間の問題だ」
その言葉に、部屋の空気が張り詰めた。
「このまま、町を出て逃げるか。それとも――」
カイルは、そこで一度言葉を切り、アレクシスを見た。
「お前が誰なのか、そろそろ、はっきりさせるべき頃合いかもしれないな」
その言葉に、アレクシスは何も答えられなかった。
これまで、曖昧なまま先延ばしにしてきた問いが、今、初めて、逃げようのない形で目の前に突きつけられていた。
王になるべきか。それとも、このまま、名もなき者として生きる道を選ぶのか。
窓の外、夜の帳が、静かに町を覆い始めていた。




