第十八話 兄妹再会
通りの真ん中で、二人は向かい合った。
しばらく、どちらも言葉を発さなかった。互いの姿を、確かめるように見つめ合うだけの、長い数秒だった。
「――随分と、捜させてくれたな」
先に口を開いたのは、カイルだった。声には、怒気にも似た響きがあった。だが、その奥に、隠しきれない安堵が滲んでいることに、リリアーナはすぐに気づいた。
「……お兄様」
「その呼び方も、久しぶりだな」
カイルは、ふっと小さく息をついた。張り詰めていた何かが、わずかに緩んだような仕草だった。
「置き手紙一枚で、何ヶ月も消えるとは、いい度胸だ」
皮肉めいた言い方に、リリアーナは思わず、小さく笑ってしまった。その口調が、確かに兄のものだと、体の芯から分かったからだった。
「――心配、したのよ」
「したのは、こっちの台詞だ」
カイルは、そこで一度、言葉を切った。
「お前の《価値鑑定》の価値を、分かっていたのは、俺だけだったはずだった。それなのに、何もしてやれなかった」
その声には、これまで聞いたことのない、深い悔恨が滲んでいた。
「家を守る立場だからと、動かないことを選んだ。だが、あれは、ただ動けなかっただけだ。お前を、庇いきれなかった」
リリアーナは、しばらく言葉を失っていた。屋敷での孤独は、完全な無関心の中にあるものだと思っていた。だが、少なくとも兄だけは、違う目で自分を見ていたのだと、今、初めて知った。
「……知らなかった」
「知らなくていい。今更、褒められた話でもない」
カイルは、そこで初めて、隣に立つアレクシスへと視線を移した。
値踏みするような、鋭い目だった。
カイルは、無意識に目を細めた。
旅人風の服を着ていても、その立ち方だけは隠しきれていない。背筋の伸び方、重心の置き方、周囲への警戒の配り方――平民が身につけるものとは、明らかに質が違っていた。
(……妙だな)
どこかの貴族の落胤か、あるいは没落した家の生まれか。そんな見当をつけかけて、カイルは小さく首を振った。どこかで見た顔だ、というほどの確信には、届かなかった。
まして、まさか、王太子だった男が、こんな場所で妹の隣に立っているなどとは。
その発想そのものが、カイルの頭の中には、最初から存在していなかった。
その違和感を、まだ口には出さなかった。
「――で、こいつは何者だ」
アレクシスは、その視線を正面から受け止めた。
「名乗れない事情がある。それだけは、正直に言っておく」
「随分と、都合のいい台詞だな」
カイルの声に、明確な警戒が滲んだ。だが、頭ごなしに切り捨てるでもなかった。何かを見極めようとするように、しばらくアレクシスを見つめていた。
やがて、カイルは短く息を吐き、リリアーナに向き直った。
「屋敷に、戻る気はあるか」
その問いに、リリアーナは一瞬、言葉に詰まった。だが、迷いは、思っていたより早く消えた。
「――ない」
はっきりとした声だった。
「今の生活を、続けたい。ここには、私を必要としてくれる人たちがいる。それに――」
リリアーナは、隣のアレクシスを見た。
「この人の、隣にいたい」
カイルは、その答えに、しばらく黙り込んだ。それから、諦めたように小さく肩をすくめた。
「――お前がそう言うなら、無理に連れ戻しはしない」
その言葉に、リリアーナの表情が、わずかに緩んだ。
だが、カイルの顔は、すぐに険しさを取り戻した。
「呑気にしていられるのも、もう長くはないぞ」
「――どういうこと」
「侯爵家も、同じ噂を掴んでいる。俺より、遅れて動き出したはずだが、それも時間の問題だろう」
その言葉に、その場の空気が、一気に張り詰めた。
侯爵家。その響きに、リリアーナの背筋が冷えた。
――私のせいだ。
家出をした伯爵令嬢を、体裁のために連れ戻そうとしているのかもしれない。婚約破棄された「役立たず令嬢」の行方が、こんな形で貴族社会の噂になっているのだとしたら。自分が招いた騒ぎに、アレクシスまで巻き込んでしまっているのではないか。
そう思うと、罪悪感が、胸の奥にじわりと広がった。
再会の喜びと、迫りくる危機の予感が、同時に胸の中に流れ込んでくる。
夕暮れの町に、静かな緊張が、再び広がり始めていた。




