第十七話 カイル到着
町の入り口に立った男は、しばらくその景色を見渡していた。
カイル・フォン・ヴァルシュタインは、貴族らしさを極力抑えた装いに身を包んでいた。それでも、身のこなしの端々に、育ちの良さが滲んでしまうことは、自分でもよく分かっていた。
目立たないように。だが、確かめずにはいられない。
噂は、あまりにも詳細だった。年頃、髪の色、物腰。そして、連れの男がいるという話。それらすべてが、妹の輪郭と重なっていく。
まずは宿を訪ね、それとなく話を聞いた。
「ああ、リリアーナさんね。薬屋で働いてる娘だよ。いい子だよ、あの子」
女将の言葉に、カイルの喉が、わずかに詰まった。
「連れは、いるのか」
「兄ちゃんって呼ばれてる若いのがいるね。荷運びの仕事をしてる。二人で暮らしてるみたいだけど」
――間違いない。
確信が、胸の奥で静かに固まっていくのを感じながら、カイルは薬屋の場所を尋ねた。
その頃、荷運びの現場にいたアレクシスは、通りの向こうに一人の男の姿を捉えていた。
特別、目立つ格好をしているわけではない。だが、その歩き方、視線の配り方に、アレクシスは何かを感じ取った。
――貴族の所作だ。
言葉遣いを整え、態度を抑えていても、育ちの中で染みついたものは、そう簡単には消えない。それは、アレクシス自身が誰よりもよく知っていることだった。
心臓が、強く鼓動を打つ。ついに、恐れていたものが来た。そう直感すると同時に、体が自然と動いていた。
迷いはあった。自分一人で対応すべきか。だが、昨夜の自分の言葉が、頭をよぎった。隠しておくべきではない。そう自分に言い聞かせたばかりだった。
覚悟を決め、アレクシスは薬屋へと足を向けた。
「――リリアーナ」
店の奥で作業していたリリアーナが、顔を上げる。アレクシスの表情を見て、すぐに何かを察したようだった。
「……誰か、来たの?」
「おそらく。貴族の身のこなしをした男が、この町を訪ねてきている」
リリアーナの顔から、すっと血の気が引いた。
だが、その一瞬の後、彼女の表情に、恐れとは違う何かが混じった。
「……もしかして」
声が、微かに震えていた。
「兄、かもしれない」
その言葉には、恐れと、そして隠しきれない懐かしさが、同時ににじんでいた。
二人は、店の外に出た。
通りの向こう、夕暮れの逆光の中に、一人の人影が、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
輪郭だけが、はっきりと浮かび上がっていた。
「――あれは」
見間違えるはずがなかった。
リリアーナは、小さく息を呑んだ。




