第十四話 必要とされる、その先
「隣町でも、噂になってるらしいよ。この薬屋に、腕のいい娘がいるって」
行商人の一人が、そう言って笑った。リリアーナは、少し照れくさそうに肩をすくめた。
最初は、町の中だけの評判だった。それが、行商人の口を伝って、隣町、さらにその先へと、少しずつ広がっているらしい。
そんなある日、店先に、見慣れない旅装の女性が訪ねてきた。
「あの……ここに、薬草に詳しい方がいると聞いて」
女性の顔には、深い疲労と不安が刻まれていた。連れてきた幼い子供が、青白い顔で、力なく母親にもたれかかっている。
「息子が、もう何日も、食事を受けつけなくて……近くの医者にも診せたんですが、良くならなくて」
リリアーナは、一瞬、体が強張るのを感じた。
これまで対応してきたのは、風邪や擦り傷といった、日常の延長にある困りごとだった。だが、目の前の子供の様子は、それよりも明らかに重い。自分の知識で、本当に対応できるのか。
迷いが、胸をよぎった。
それでも、リリアーナは子供の傍らに膝をつき、顔色、呼吸、体の火照り具合を、一つひとつ丁寧に確かめていった。
医術の専門家ではない。だが、これまで積み重ねてきた薬草の知識と、この町で培った実務の勘が、静かに働き始めていた。《価値鑑定》では測れない、経験そのものの力だった。
「――少し、胃が弱っているみたいです。無理に食べさせようとするのではなく、まずはこちらを」
消化を助ける薬草を選び、丁寧に煎じ方を説明していく。完治を約束できるものではない。それでも、今できる最善の道筋を、リリアーナは示した。
数日後、再びその母親が店を訪れた。
「――良くなりました。少しずつですが、食べられるようになって」
女性は、涙ぐみながら何度も頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。あなたのおかげです」
その言葉に、リリアーナは、しばらく声が出なかった。
「役に立たない」と言われ続けてきた自分が、今、誰かの深刻な悩みに、正面から向き合い、応えることができた。過去の評価が、初めてはっきりと、遠い昔のことのように感じられた。
その夜、薬屋の店主が、少し複雑な顔で口を開いた。
「腕を認められるのは、いいことだ。だがな、リリアーナ。あんまり評判が広がりすぎるのも、考えものだよ」
「――どういうことですか」
「目立てば、それだけ厄介事も呼び込みやすくなる。妙な輩に目をつけられたり、変な期待を寄せられたりな」
その忠告に、リリアーナは複雑な気持ちを抱いた。困っている人を、無下にはできない。それでも、店主の懸念にも、うなずける部分があった。
同じ夜、アレクシスにその話をすると、彼もまた、静かに考え込んだ。
「……人の口に戸は立てられない。噂は、思っている以上に速く、遠くまで届く」
その言い方に、リリアーナはふと、13話で聞いた噂のことを思い出した。荷運びの「兄ちゃん」が只者ではないらしい、という声。二人とも、それぞれの形で、少しずつ注目を集め始めている。
「怖い、というほどではないの。でも――」
「分かる。俺も、同じことを感じている」
二人は、しばらく黙り込んだ。
誰かに必要とされることは、嬉しい。だが、必要とされすぎることには、まだ知らない危うさが潜んでいるのかもしれない。
窓の外、町の灯りは、いつも通り穏やかに揺れていた。
それでも、その灯りの向こうから、何かがゆっくりと近づいてきているような気配を、二人はどこかで感じ始めていた。




