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生涯忘れない懲罰、いや、あれは拷問だった

 6月某日。 


「も、もう、勘弁してくださいぃ…」

堰を切るように僕は言ってしまった。


「ああっ!?何やと?舐めてんのかお前こらぁ!!一生やっとけボケぇ!!」

高山班長は情けない僕の姿を見て激が飛ぶ。顔はいつも怖いが今はその何倍も怖い、


鬼だよあんた…。



教官室の中で腕立て伏せの姿勢を僕はとっている。もうかれこれ1時間以上経過していた。


汗は全身から吹き出ているようで、顔からポタポタと床に雫のように零れ落ちていた。


目の前に高山教官が椅子に座っており、何やら事務作業をしている。


両腕どころか全身がプルプル震えだして時間はどれだけ経っただろうか…。


何回も耐え切れなくなって床に崩れ落ちた。数秒だけ床の冷たさに感動する。


そのたびに「何やっとんじゃこらぁ!はよ腕立て伏せの姿勢とらんかぁ」と怒りの声がかかる。


「はいっ!」の返事も、声が当然弱く小さくなっていくわけだ。


もう限界だった。身体をいくら鍛えようとも腕立て伏せの姿勢を1時間以上もとれるわけがない。


そして僕は言ってしまった。


全く意図せず勝手に言葉が漏れた。


もう勘弁してくださいと…。


しかもその時おそらく泣いていた気がする、22歳の男がだ。


普通に生きていたら間違いなく言わないセリフだ。


勘弁してくださいって…


めちゃくちゃ情けないのだが、言ってしまった。頭の中では当に理性を保てなくなってしまっていたのだろう。なんとかおしっこは洩らさなかった。



なんでそうなったか。


時を1時間ちょっと前に戻そう。


夜の点検を終えて僕は焦っていた。立警訓練の時に戦闘服を着るのだが、その時に弾帯というベルトつける。その弾帯を夕方から紛失してしまっていることに気づいたのだ。多数の同期に知らないかと聞いてもみんなわからない。何人かで一緒に探したのだが結局見当たらなかった。


紛失しただけでもヤバいが、紛失したことを黙っているのは更にヤバい。


意を決して教官室の高山班長に報告しに行った。覚悟を決めるってやつである。


「入ります!!」

僕は入室して部屋の停止線まで前進する。


気を付けの不動の姿勢の状態で大声を出す。

「1班坂本学生(自分のこと)は高山班長に用件があって参りました!。」


もうすでに高山班長は椅子に座ったまま怖い顔をしている。


その傍でスキンヘッドの松田班長がニヤニヤしながら僕を見ていた。


高山班長は隠していたものを見せるように僕の弾帯を手に取り、机に置いた。顔は怒りの表情がくすぶっている。誰かが教官室に届けてくれたのだろうが、弾帯は貸与品のため名前を書いていない。それが仇となった。


「お前、午後の訓練後に落としていて報告は今と来ている。うっかりなんてものは通用せんぞ!」


「はいっ、申し訳ありません。貴重な官品を紛失するところでありました。申し訳ありませんでした!」


僕は頭を下げたまま、沙汰を待つ。


数秒後高山班長が立って指導が言い渡された。

「腕立て伏せの姿勢をとれ!」


来た!やっぱり罰則だ。


僕1人で罰則を受けるのこれが初めてであった。いつもは連帯責任でみんなで一緒に体力錬成なりをさせられていた。


「はいっ!」

の返事で腕立て伏せの姿勢をとる。


フィジカルやメンタルはさんざん鍛えられている。ちょっとの辛さなんてものともしない。いつまでもやってやるぜっていう気概でいたのだが…


甘かった…。


余裕で甘かった。


腕立て伏せの姿勢をとるだけで実際に腕立て伏せをするわけではない。


腕立て伏せの腕を下ろさない、腕を伸ばした姿勢なのだが、これが10分もすれば両腕が悲鳴を上げてくる。

運動の習慣がない人は多分3分ももたない。


なんとなく30分以内で終わると思っていた。


が、全然終了の合図「その場に立て!」の命令が班長から達せられない。


あれ、おかしい。


長くない!?


腕立て伏せの姿勢をとっていることを忘れちゃってません?


もう腕どころか上半身が限界だ…。


しかもこの腕立て伏せの姿勢をとるだけの行為は辛いのだが、筋トレには全くなっていない。根性論で精神を鍛えているだけ、正座させられているようなもの…がその正座の何十倍もつらい。


汗がしきりに床に粒となって落ちていく。時々班長の顔をみる。高山班長は机で事務作業しておりこちらを見ていない。しかし松田班長をみるとニヤニヤしながらこちらを見ていてギョッとした。


はっきりわかったことがある。


僕はⅯ体質ではない。1ミリも嬉しくない。


ただただ、これからは落とし物や罰を受けないような行動を更に心がけようとは思った。


松田班長…


超ド級のドSということが分かった。なんて嬉しそうな顔で苦しい俺を見ているんだろうか。しかもにやついており気分が更に悪くなる。ある意味変態だ。


ただ、その時は身体が限界で気にする余裕もなかったのは事実で…、後になって思い出して腹が立つって展開になるわけだ。


何回も床に崩れ落ちて怒鳴られる、の繰り返しが続いていたが、腕の感覚がほとんどなくなったところで、とうとう高山班長から許しのお言葉を頂戴する運びとなった。もう時刻は消灯の10分前である、腕立て伏せの姿勢をとって1時間半ほど経っていた。


「お前、もうせえへんか!?」

「は、はい、もう決して、決して無くしません。」


「反省したか?」

「は、はい。」

弱弱しく声を返した。


まだ声を出せたのにびっくりした。


「その場に立て!」

仏の言葉に聞こえた。とうとう許してもらえた。


立って、ふらつきながらも不動の姿勢をとって班長の言葉を待つ。気を抜くと失神しそうだった。


「もう二度とやるなよ。」

高山班長の表情は変わらない。鬼のままだ。ただ哀愁みたいな少し悲しげな顔をしているようにも見えた。


「申し訳ありませんでした。ご指導ありがとうございました。坂本学生帰ります。」

(入室要領で入室時は入ります。退室時は帰りますという)


ふらつきながらも汗でびしょびしょの状態で部屋に帰る。心配していた同期がみんな寄ってきて声をかける。


「大丈夫か、全身汗まみれやん!」


「ああ、もう消灯やな、はよ歯磨きして着替えやんと…」


消灯までにベッドに横になっていないのを発見されると厳しい懲罰が待っている。それだけは避けないとの理由からふらついた身体に鞭を入れるように行動する。


後日…


自由時間に同期に打ち明ける…

松田班長のにやついた顔のうざさを愚痴として滝のようにこぼしまくるのと、自分の尋常じゃないメンタル崩壊の経緯について…。


まさかの人生で言うことはないであろう言葉を言ってしまったことを、面白おかしく再現してみた。


「も、もう勘弁してください。」


みんなで笑いあう。


教育隊の地獄も今となっては全部思い出となるのであった。


続く。



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