8月3日 修業式
今回のエピソードで最後になります。
7月後半になると教育隊の集大成のようなカリキュラムが多くなる。各分隊対抗水泳大会。短艇競技。分隊点検…。
短艇競技では怪我をしていた班員もおり下位の結果となった…。みんな悔しさに泣く。
我が1班の高山班長は熱い男だ。泣く班員に声をかける。
「よくやったお前ら。みんな限界を出して自分自身に打ち勝った。顔を上げろ。お前らは俺の誇りや!そして自分自身と1班を誇りに思え!」
って…今でも心に残っている。20年以上も経っている忘れない…。不思議なものです。
水泳、体力検定、マラソン、格技、射撃など競争を意識することはたくさんあったが、涙を見せたのは短艇競技だけだった。みんなで力を尽くすこの競技は他の追随を許さないほどに盛り上がったものだ。
連絡ノートを見返すとたくさん書かれているので残しといて良かったと強く感じる。
最後の外出である7月31日には1班で飲み会(当然昼間のみ)を開催して高山班長も来てくれた。そこには鬼の高山は存在せず、優しさあふれた男が楽し気に語りかけてくれた。
指導者としては常に教育隊では怖さを出さなければならない。それも大変だと思う。なにぶん班長達も訓練中に学生の怪我防止など安全管理に配慮しつつも厳しくしなければならない。
今思うと怒る方も労力使うようなぁ…。
8月3日…
修業式。
僕の両親も来てくれた。たった4ヶ月ちょっとで人はこんなにも成長するのかっ、という気持ちは伝わったと思う。夏用制服のセーラー服で修業式を終えて、最後は帽振れという合図で修業となった。
終わった…あの時の感慨深い熱い気持ちは忘れることは絶対にない。同期は何人か辞めてしまったが厳しさからしょうがないとも思う。
なお…全国には海上自衛隊の教育隊は4つある。現在も変わらないと思う。
舞鶴、呉、佐世保、横須賀の4つ。
一番厳しいのは舞鶴だと思っていたが、佐世保が一番伝統的にキツイらしい…。マジか!!
地獄の佐世保、鬼の舞鶴、普通の呉、花の横須賀と形容されるらしい。
花の横須賀!!うらやましい!!。
なお僕は8月3日をもって横須賀の部隊であるイージス艦に勤務することが決まった。
その日のうちに新幹線に乗って、修理ドッグに停泊中といわれる横浜市まで行くこととなった。
あれだけ厳しい教育隊にいたのだ!!どれだけ過酷な勤務でも乗り切ってやるぜという気持ちだった。
まあ、その後配属部隊では思っていたより10倍きつい勤務だったということが判明するのだが…。
部隊では教育隊とは違う厳しさが待っていた。国防を担う勤務とは生易しいものではないのだ。
僕は今でも海上自衛隊に対して誇りを持っている。海上自衛隊に栄光あれ…。
読んでいただきありがとうございます。
構成自体ぶれまくってました。すいません。もっと登場人物を出しての会話など出していけば良かったとか色々思います。連絡ノートやメモを参考に昔を思い出して書きました。なんか書いてて昔を思い出すという作業であったのかと思います。
で、結果的に稚拙な文体もあったかと思いますが勘弁してやってください。
今後部隊での話も書いてみるのもありかと思いますが、なにぶん仕事内容は秘情報が多いのでそれを省いた内容で面白おかしく書くのはありかなと思います。また感想等あればお待ちしております。




