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幸せの崩壊

 巨人。

 それはこの世界に最初に誕生した生命であり、世界を創造したとされる存在。

 天を突く巨体。

 大地を砕く膂力。

 海を裂く叫び。

 この世の理を全て支配しえる魔力。

 尽きることのない命。

 そして自分たちより後に生まれた種が存在することを許さない理不尽と残虐さ。

 巨人達は、自分たち以外の種を滅ぼさんと世界を蹂躙し、父であり母である神に戦いを挑んだ。

 そして……。

 彼らは、悉く冥府の国(タルタロス)へと堕とされた。

 二度と現世に戻れぬように……。

 そして世界から巨人は消え去った。


 アケは、自分の目の穴を縛る鎖に触れる。

「これは……主人が?」

 アケの問いにオモチが頷く。

「あのナギ?とかいう君の弟が白蛇の皮を斬ったからね。代用品だよ」

 オモチは、鼻をヒクッと動かして言う。

 アケは、蛇の目を大きく見開く。

「オモチ……アレが白蛇様の皮だって分かってたんですか⁉︎」

「そりゃね。あんだけ強い力と匂いをプンプンさせてれば僕じゃなくても気づ……」

「あれって白蛇の皮だったの!!」

 ウグイスが目と両翼腕、そして口を大きく開いて盛大に驚く。

「……てなかったみたいだね」

 オモチは、何故か自分が恥ずかしそうに大きくため息を吐く。

 アケもウグイスのあまりのリアクションっぷりに思わず半笑いしてしまう。

「白蛇の国で流行ってるお洒落目隠しなのかと思ってた」

「何ですか?お洒落目隠しって」

 そんなの絶対に売れないし、需要があったとしても限られた趣味の世界でだけだろう。

「それじゃあジャノメのここも気にならなかったの?」

 そう言ってオモチは、自分の額をトントンと叩く。

「どう見ても白蛇の目でしょ?これ」

 流石に分かってるだろう……と思っていたら……。

「そうだったの!」

 ウグイスは、再び目と両翼腕と口を開いて驚く。

 オモチは、アケをお腹に乗せたまま恥ずかしいに身を丸くする。

 白い毛が首筋に触れてくすぐったい。

「いや……人間なんてあんま見たことないから……まあそんな種の分かれ方もあるのかなぁって。ほらジャノメってメチャクチャ可愛いし、違和感まったくないし……」

 ウグイスは、めちゃくちゃに動揺しながら言葉を捲し立てる。

 そんなウグイスをオモチは、表情変えずに冷めた目で見て、アケは可愛いと言われて恥ずかしい反面、蛇の目があっても違和感がないと言われ複雑な思いだった。

「まあ、だからジャノメが訳ありだっていうのはみんな何となく察してたんだ……ウグイス以外ね」

 オモチは、じっとアケの蛇の目を見る。

「僕は、てっきり白蛇の奴が何か企んで君を送り込んだと思ってたんだけど……」

 オモチは、ぐいっと顔をアケに近寄らせる。

「あながち間違いでもなかったみたいだね」

「そうだったんですか……」

 アケは、初めてオモチと会った日の夜を思い出す。

 あの時のオモチは捧げ物の中にアケがいることに気づいて本気で怒り、心配してくれているように見えたけど……。

「でも、あんたあの時めちゃくちゃ怒ってたよね?。仲間を捧げ物にするなんてぇって」

 ウグイスは、大きな目をぱちくりさせる。

「なのに疑ってたの?」

 アケは、驚いてオモチを見る。

「怒ってたよ」

 オモチは、平然と答える。

「どんな理由と企みがあるにしても、酷い扱いをされて、下手したら殺されるかもしれない場所に仲間を……女の子を捧げ物にするなんて絶対に許せない。ジャノメのことをよく知るようになってから尚更に……ね」

 アケよ胸がぎゅっと痛くなる。

 なんで……なんでこの人達は……。

「ありがとう……ございます」

 それしか……それしか言うことができなかった。

 ウグイスは、優しく微笑んでアケの手をぎゅっと握る。

「私は……」

 アケは、再び話し出す。

「私は、白蛇の国を統治する関白大政大臣の末娘として生まれ、育てられました」

 アケの言葉にウグイスは、首を傾げる。

「統治?大臣?」

「確か……白蛇の国は、白蛇が王の位置にいるけど政を行うのは大臣って呼ばれる人間達だったよね?」

 オモチの言葉にアケは頷く。

「父は、大臣達の頂点、関白の位を白蛇様から授かっていました」

 ウグイスは、緑の目を大きく見開く。

「それじゃあ……ジャノメって……」

 ウグイスは、ジャノメを見る。

「白蛇の国のお姫様って……こと?」

 お姫様……。

 それは女性を敬う上で最高の称号であり、最上の誉れなのだろう。

 しかし、アケにはそのお姫様という言葉に嫌悪しか感じられなかった。

 

 ジャノメ姫。


 周りからの蔑みと恐怖の混じった言葉が頭の中で反芻する。

「でもさ……お姫様なら大事にされんじゃないの?それがなんで……」

「ここと関係あるんでしょ?」

 ウグイスの言葉を遮ってオモチはいい、自分の赤い目を触る。

「あと邪教ってのは?宗教ってやつのこと?神様とかいうのに祈り捧げる?」

 オモチの言葉の意味をウグイスは理解することが出来なかった。

 猫の額には神を祀り称えるという風習はない。

 彼らが仕え、従うは金色の黒狼のみ。

 その為、彼らには偶像を崇めるという意味を欠片も理解することが出来なかった。

「邪教が崇めるのは神様ではありません」

 アケは、ぼそりっと呟く。

「彼らが祀るのは巨人です」

 オモチは、ぴくんっと耳を動かす。

「私は……彼らが巨人を顕現させるための生贄にされたんです」

 その言葉にウグイスは息を飲んだ。


「正確にいうと生贄にされたのは私だけじゃありません」

 アケは、小さく、か細い声で話す。

「白蛇の国にいた三歳と七歳の女児、そして五歳の男児、その全員が生贄として捧げられました」

「三歳?五歳?」

 ウグイスは、意味が分からず顔を顰める。

「それってどういう……」

「七五三か……」

 オモチは、鼻をビクッと動かす。

 その声はとても固い。

「七五三?」

 ウグイスは、訳が分からずオモチを見上げる。

「幼少期っていうのはとても魂が不安定な時期。特に女子は三、七、男子は五の年は陽の気が過剰に強まる。だから陽の気を抑えるための儀式をやるんだ」

「儀式?」

 ウグイスは、首を傾げる。

「大したことじゃないよ。飲み食いしたり、踊ったり、大騒ぎして膨らみすぎた陽の気を払うんだ」

「そんなんでいいの?」

「子どもの儀式なんてのはそんなもんさ。魂の安定は喜びと楽しみ。子どもにとって最も必要なものだ」

「へえっ。言われてみれば私もやったかも……」

 記憶の奥に一族総出で馬鹿騒ぎした記憶が湧いてくる。

「僕もやったよ。幼少期の特別な思い出さ。でも……」

 オモチは、アケを見る。

「君にとってはそうじゃないんだね」

 アケは、震えながら頷く。

「白蛇の国では七五三は毎年霜月の二番目の祭日に白蛇様の神宮で行われます」

 アケの中に残った朧げな記憶。

 消し去りたい、なかったことにしたい、やり直したいと思ってしまう記憶。

 その日、アケは関白である父と、正室である母と共に輿に乗って神宮へと向かっていた。

 その頃の父と母はとても優しかった。

 持てる愛情を全てアケに注ぎ、可愛がってくれた。

 両親だけじゃない。

 兄弟も、父と母に仕える使用人達もアケのことを可愛がり、国民達も関白待望の女児ということを知っているので姿を見ると盛大に歓声を上げてくれた。

 しかも、見目麗しく、三歳でありながらも同い年やその上の子よりも聡明となれば尚更だ、

 アケは、幸せを一杯に身体と心に感じながら神宮へと向かった。

 白蛇の国の七五三は男女、身分関係なく国中の三歳、五歳、そして七歳の子どもとその親、兄弟が集まって盛大に行われる。

 国民同士で争うことなく、平和に、支え合い、国を育て発展させていくため。お互いを共とし、兄弟とし、共に生きていくために。

 神宮に来ると(やしろ)の前に白蛇はいた。

 大きく、美しく、そして溢れるばかりの威厳と強さを持つ白蛇にアケは圧倒された。

 母は,そんなアケを面白そうに、愛おしそうに見て、父はその純粋な可愛らしさにメロメロだった。

 両親は、アケを連れて白蛇に挨拶をする。

 白蛇は、縦長の(あけ)の瞳でアケを見て、「今世の役目を果たせ」と短く告げた。

 アケは、びっくりしながらも「はいっ!」と大きな返事をして周りを温かくした。

 儀式が始まる。

 神宮の中央の広場に国中の三歳、七歳の女児、五歳の男児が集められる。

 アケもその中にいた。

 七五三において子どもの出自も身分も関係なく皆平等。

 子ども達は、綺麗な着物を着飾り、荘厳な儀式だというのに緊張感なく和気藹々と話していた。

 白蛇は、子ども達の前に御身を見せると祝詞を歌った。

 その美しも強く、威厳のある歌声にそのばにいる全員が飲まれ、この儀式がこの国の新たな平和に繋がるのだと確信する。

 白蛇が祝詞を終えると巫女が白蛇の前に立つ。

 若く美しく、どことなく色気立つ巫女に男達が波立ち、女達が冷めた目で男を睨む。

 女は、虚な目と抑揚のない声で告げる。

「これより……七五三の儀を始める」

 

「それが……あの女です」

 アケは、ぎゅっと唇を噛む。

 ウグイスは、目を大きく見開いた。

 

 女は、妖しい笑みを浮かべて口を開く。

「一緒に祈りましょう……永遠の幸せを。御君に」

 女は、合掌する。

 アケも、子ども達も、両親も、大人達も一斉に祈った。

 子ども達が健やかに生きることを。

 白蛇の国に悠久の平和が続くことを。

 

 しかし……その願いは誰にも届かなかった。

 

 アケ達が祈った瞬間、地獄の蓋が開いた。

 アケと子ども達を中心に虹色の円が展開する。

 アケ達は、状況を理解出来ず、動くことが出来ない。

 大人達も驚愕と動揺に動けない。

 白蛇も微動だにせず、朱の瞳で虹色の円を見る。

 円に複雑な紋様が描かれる。

 恐怖の湧き上がった子ども達が円から逃げようとするも円から伸びた壁に弾かれ、出られない。

 大人達は子ども達を助けようと懸命に足掻くも円は破れない。

 ただ輝きが増すばかり。

日曜霊扉(ファースト・ゲート)

 女は、合掌したまま虚に呟く。

解放(オープン)

 虹色の壁が黒い炎の壁変わり、世界から隔絶される。

 子ども達の悲鳴が黒い炎の壁の向こうから貫くように響いてくる。

 大人達は、恐怖と絶望に囚われ、涙を流し、身体を震わせ我が子の名を叫ぶも何も出来ない。

 アケの父と母も互いを抱きしめ合ったまま動けない。

 黒い炎が消える。

 虹色の円も消える。

 現れたのは……赤い沼だった。

 腐食した葡萄酒ように濃く、とろりとし、鼻を穿つような悪臭を漂わせる赤い沼。

 そこに木の葉のように浮か着物の切れ端、小さな手足、悲痛な表情を浮かべた顔、顔、顔……。

 大人達は、一斉に悲鳴を上げる。

 我が子の名を叫びながら赤い沼に飛び込んでいく。

 我が子の手を、足を、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 アケの両親も呆然としながら我が子の姿を探し、赤い沼に足を入れようとする、と。

 赤い沼の真ん中に一糸纏わぬ裸の幼女が座り込んでいた。

 滑らかな黒髪の、美しい顔の幼女が……。

 アケ……。

 母が震える声でアケの名を呼ぶ。

 その声にアケは反応し、顔を向ける。

 その瞬間、母は絶叫する。

「お母上様!」

 アケの喜ぶ声。

 しかし、母は近づない。

 それどころか恐怖に顔を引き攣らせ、後退る。

 母だけはない。

 他の大人達も恐怖に顔をら引き攣らせている。

 父は、身体を震わせて呆然と呟く。

「化け物……」

 ぽっかりと黒く開いたアケの両目。

 そこから現れたのは無限に伸びる白い腕だった。

 白蛇は、唸り声を上げてアケを、白い腕を睨む。

 女が虚な目で恍惚に呟く。

「御君……」


日曜霊扉(ファースト・ゲート)……」

 オモチは、固い声で呟く。

 表情こそ変わらないものの戦慄していることをアケは感じた。

「確か……原初の門だっけ?異界と繋がるとかいう」

 ウグイスも声が上擦りそうになるのを堪える。

「そう異界……巨人を呼び出す霊扉(ゲート)……」

 オモチは、じっとアケを見る。

「恐らくジャノメはあの女に無理やり日曜霊扉(ファースト・ゲート)にされたんだ。大量の陽の気を使って」

 ウグイスの大きな目が震える。

「人間に霊扉(ゲート)を使うことは出来ない。だから大量の陽の気を持った子どもを媒体にして霊扉(ゲート)を展開したんだろう。そしてあわよくばその子どもの中で素質のある子がいたらその子自体を霊扉(ゲート)する……胸糞悪すぎる計画だね」

 オモチは、ヒクヒク鼻を鳴らす。

「それが……ジャノメってこと?」

 ウグイスは、奥歯を噛み締め、右手を握りしめる。

 アケは、きゅっと鎖に指を立てる。

「だから封印されたんだよね。白蛇に……」

「はいっ白蛇様が命を賭して……」


 アケが意識を取り戻した時、目の前は地獄と化していた。

 破壊された神宮。

 瓦解さた街。

 我が子だったものをかき集め、号泣する親。

 怯え、崩れ落ちる大人。

 全身を傷つけ、大量の血で白い身を赤く染めて横たわる白蛇。

 そして白蛇に縋り付く父の姿が。

「お父上様?」

 アケは、父の背中に声をかける。

 しかし、父は答えない。

 アケを見ようとしない。

 動かない白蛇にしがみつき、必死に声を掛ける。

「お目覚めください!お目覚めください!白蛇様、白蛇様ー!」

 その姿はまるで死に追い詰められた老人のようだった。

「お父上様……」

 アケは、縋るように父服に触れる。

 刹那。

 激しい衝撃が頬を襲う。

 アケは、何が起きたのか分からず地べたに倒れる。

 アケは、痛みの走る頬を抑え顔を上げると見たこともない怒りと憎悪を表情に浮かべ、アケを睨みつけていた。

「お父上……様?」

 アケは、恐る恐父を呼ぶ。

 しかし……。

「私を父と呼ぶなあ!」

 父は、血を吐くかのように叫び、アケを睨みつける。

「お前だ……お前のせいだ……お前のせいで白蛇様が……子ども達が……」

 父の剣幕にアケは身を震わせる。

 辺りを見回すと大人達もアケを憎悪を込めた目でに睨みつけている。

 そして怒りと憎悪、侮蔑を込めて叫ぶ。

「このジャノメがぁ!」

 この瞬間、アケは全ての幸せを奪われた。


 それから聞かされたことは幼いアケには到底理解できない事だった。

 アケの失われた目から現れた阿修羅(ヘカトン・ケイル)は、国を破壊し尽くし、アケの中に戻っていった。

 白蛇は、阿修羅(ヘカトン・ケイル)に殺された。

 しかし、命を失う前に渾身の力を振り絞って自らの身体の一部を使ってアケの目を封印をし、目を失ったアケに自らの目を一つ差し出した。

 最後に白蛇はこう言い残したと言う。

 

「封印は脆く、弱い。誰の目にも触れぬところに隠せ」

 そして……。

 

「私は、幽閉されました」

「幽閉!?」

 ウグイスは、声を荒げる。

「三歳の女の子を幽閉!?」

 アケは、こくんっと力なく頷く。

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