妻と夫
アケは、止める小鬼三兄妹を振り解いて地面に落ちて動けないウグイスに駆け寄る。
「ウグイス!ウグイス!」
アケは、必死にウグイスに呼びかける。
しかし、ウグイスからは何の反応もない。
いつも元気で愛らしい顔からは表情は無く、緑の目は虚、肌は蝋燭のように白い、そして牛なれた右翼腕と裂かれた胸から腹部からの出血が止まらない。
「どうしよう……ウグイス……ウグイス……!」
アケは、動揺する頭の中で本の頁を捲る。
ウグイスを助ける方法を探す。
しかし……。
「なんで……なんで何もないの……?」
アケが得た知識の中には傷口を縫い、出血を止める、化膿を防ぐ、輸血をすると言ったものがしっかりと刻まれていた。
しかし、それはあくまで知っているだけ。
それを実行する技術がアケにはない。
それを叶えるための設備も道具もこの場にはない。
アケに出来るのは……。
「ウグイス……ウグイス……」
ただ呼びかけて、彼女の命が尽きるのを見ていることだけだった。
「いやだ……いやだよ……ウグイス……ウグイス」
アケの脳裏にウグイスと過ごした三ヶ月の日々が蘇る。
明るく可愛らしいウグイス。
天然発言をしてリアクションの大きなウグイス。
アケの作った物を美味しい美味しいと言って食べてくれるウグイス……。
"ジャノメに出会えて良かった"
そう言って微笑むウグイス……。
「ウグイス……」
蛇の目から涙が落ち、ウグイスの白くなった頬を濡らした。
小鬼三兄妹は、震えるアケの小さな背中を不安げに見つめる。
そして互いの目を合わせてうんっと大きく頷いた。
「キューイッ!」
長兄が声を上げる。
そのあまりに大きな声にアケは驚いて長兄に目を向ける。
長兄は、ウグイスの頭元に立つ。
「キュイキュイッ!」
長女がアケを励ますように声を掛けてからウグイスの右側へ
「キューイン!」
次兄は、何度も転びながらウグイスの左側へら向かう。
「キュイキュイ!」
「キュッキュッキュイ!」
「キュイーン!」
三兄妹は、声を掛け合い、揃えて互いの手を握り合って円を作る。
刹那。
"土曜霊扉"
どこからか声が聞こえる。
円を組んだ三兄妹の身体が黄色く光り、握り合った腕の中に複雑な紋様が走る。
アケの蛇の目が大きく見開く。
"解放"
黄色い円が激しい光を放つ。
紋様から黄色の光が雨のように降り、ウグイスに注がれる。
切り裂かれた胸と腹部から肉芽が生え、傷口が塞がれていく。右翼腕の切断面も同様に肉芽が浮きあがり、塞がっていく。
「貴方たち……」
アケは、蛇の目を震わせて三兄妹を見る。
三兄妹は、苦しげに呻きながらも円を展開し、光の雨をウグイスに注ぐ。
ウグイスの傷は段々と塞がり掛けていく……が。
塞がり掛けたウグイスの傷口が裂けていく。
血が再び吹き出し、止まらなくなる。
三兄妹は、身体をふらつかせ、息を切らせ、身体中の毛を汗で濡らしながらも必死に円を展開しようとするも、円の光は徐々に消えていく。
「みんな……ウグイス……!」
アケは、悲壮に叫ぶ。
刹那。
「月曜霊扉」
黄金の光がアケたちを照らす。
「解放」
三本の漆黒の鎖が伸び、小鬼三兄妹に巻き付く。
「おツキ様……」
アケの蛇の目が大きく見開く。
「力をくれてやる」
黄金の円を右手に展開し、三本の鎖を伸ばしたツキがこちらに歩いてくる。
「力を尽くせ」
三兄妹の身体が黄金に輝く。
漲る力に驚きながら霊扉を維持する。
再びウグイスの身体から肉の芽が吹き出し始める。
そして小さな口から呼吸音が溢れだす。
アケの目が歓喜に輝く。
「ウグイス!ウグイス!」
アケは、呼びかける。
ウグイスは、答えない。
しかし、「ううんっ」と言う小さな声が口から漏れる。
アケは、安堵と共に全身から力が抜け、へたり込む。
「其方は、無事か?」
ツキが黄金の双眸でアケを見下ろす。
ツキの切断された左手からは血が滴り落ち、黒い長衣を汚し、身体中から白い煙が立ち昇っている。
「遅れてすまない」
「大……丈夫です」
アケは、ツキの様子に驚きながらも質問に答える。
「ウグイスが……助けてくれました」
黄金の双眸がウグイスを見る。
「見事だ」
ツキは、ウグイスに向かって称賛を投げ、首を垂れる。
背後から足を引きづる音がする。
「何故だ……?」
全身を裂傷と痣、そして血で赤く染めたナギが刀を杖代わりにしてこちらに近寄ってくる。
「ナギ……」
アケは、蛇の目を向ける。
その前にツキが立ち、黄金の双眸をナギに向ける。
しかし、ナギはツキのことなど意識も止めず、アケとその後ろにいるウグイスを見る。
「何故……その女は……こんなにも戦えた?」
この女は……強くはない。
人外なので身体能力は高い。
空を飛べるという優位性や水を操れるという利便性もあった。
それでも精々が足軽に毛が生えた程度。
あの猪や兎、食堂の中にいた奴の方が強さという面では上だった。
それなのに扱い慣れてないはずの剣で武技を披露し、人外ならではの戦法を駆使し、挑発し、そしてその身と引き換えに相打ちに持ち込んだ。
こんなこと……。
「出来るはずがないのに……」
ナギは、悔しげに唇を噛み締め、足を引きずり、刀で前に引き寄せる。
「その女は……一体なんなんだ……?」
「友だ」
ツキは、首を刎ねるように即答する。
ナギの目が大きく見開く。
「大切な人を救いたい、守りたい、助けたい。その為なら見返りも自分の命も厭わない。それを友と言わず何という?」
ツキは、黄金の双眸を冷徹に細める。
「其方はこの娘を想う気持ちで負けた。ただそれだけだ」
ナギの膝が崩れ落ちそうになる。
「負けた……」
姉様を想う気持ちで……俺が?
「そんな……馬鹿な……」
「ナギ」
いつの間にかアケがツキの前に出てナギと向き合っていた。
ナギは、驚き、それ以上にツキが驚いていた。
「其方……」
アケは、振り返ることなくナギの方へ歩み寄る。そして蛇の目でナギの顔をじっと見て……。
パァンッ!
ナギの頬を思い切り叩いた。
ナギは、何が起きたか分からず呆然とする。
ツキは、黄金の双眸を大きく見開き、小鬼三兄妹も思わず目を向ける。
「姉様……」
「……りなさい」
「えっ?」
「そこに座りなさい!ナギ!」
アケの怒号が響き渡る。
ナギは、動揺と衝撃に青ざめながらもその場に座り込む。
ふわぁっ。
柔らかい熱と優しい匂い、そして心地良い感触がナギを包み込む。
ナギの脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
この世で最も幸せに包まれていた時の記憶が。
「姉……様?」
「ナギ……」
アケは、ぎゅっとナギを抱きしめる。
「私は……貴方を許さない」
ナギの顔が絶望に落ちる。
「私の……大切な友達を傷つけ、命を奪おうとした貴方を決して許さない」
「姉様……」
ナギは、声を絞り出す。
「姉様……俺……」
「そして……ごめんなさい」
アケは、ぎゅっと力強く抱きしめる。
「あの日……貴方を拾ってしまってごめんなさい」
ナギの目が大きく見開き、震える。
「姉様!?」
「あの時……私が貴方を拾わなければ……一緒にいたいなんて思わなければ……貴方は自由でいられた……幸せでいられたのに……私が……貴方を不幸にしてしまった」
「違う!姉様……俺は……」
ナギは、顔を上げてアケの顔を見る。
「あの日、姉様に拾われて幸せだった!」
蛇の目がじっとナギを見る。
「姉様に拾われなかったら俺は今でもどん底を生きていた。いや、死んでたかもしれない。世を恨み、人を憎み、死霊となっても絶望に埋もれてたかもしれない。でも、姉様が……姉様が俺に光を与えてくれた」
"ご飯……作ってあげる"
そう言って差し出された温かい手。
優しい言葉。
綺麗な笑顔。
嬉しかった……とても嬉しかった。
それなのに……。
「俺は……俺は……姉様を捨てた……」
ナギは、子どものように泣きじゃくる。
大好きなのに。
感謝してるのに。
どんなに過酷な生活でも寄り添いあってるだけで、一緒にいるだけで幸せだったのに……。
「あの女の言う通りだ……」
ナギの涙がアケの着物に染み込む。
「俺は……自分が可愛かっただけだ」
だから……この世で一番大好きな女性を捨てた。
だからこそ……自分を正当化したくて白蛇の甘言を間に受けて……取り返しのつかないことをしてしまった。
「ごめんなさい……」
ナギは、声を絞り出す。
「ごめんなさい……姉様……」
泣きじゃくるその顔は幼い頃のナギそのものだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、姉様……姉様ぁぁ」
「ナギ……」
アケは、ぎゅっとぎゅっと強く優しくナギを抱きしめる。
「大好きよ。ナギ」
ナギの目が大きく震える。
「貴方のしたことを私は決して許さない。でもね……」
アケは、優しく優しくナギの金色の髪を撫でる。
「大好きよナギ。ずっとずっと貴方が好き。離れ離れになっても、二度と会えなくなっても私は貴方のことが好き。だから……」
アケは、蛇の目でじっとナギを見る。
「今度は間違えないで……幸せになってね。ナギ」
「姉様……」
ナギの顔が弟に戻る。
アケの顔が姉へとなる。
ナギは、アケの胸の中で泣き続け、アケは優しくナギを抱きしめ髪を撫でた。
その様子をツキは黄金の双眸を細めてじっと見つめていた。
刹那。
世界が白く染まる。
急激に流れ込んできた冷気にアケは、顔を上げる。
ツキは黄金の双眸をきつく細める。
蹄が地面を蹴り上げる音と炎の揺らめきが見える。
それは猛進に走ってくる背中の燃えた猪とその鼻の上にちょこんっと座った白兎であった。
「アズキ!」
走ってくる背中の燃える猪にアケは思わず声を荒げる。
「ぷぎい!」
アズキもアケの姿を見て嬉しそうに鳴き声を上げる。
アズキは、アケの側まで駆け寄り、蹄を滑らせて停止する。
「アズキィー!」
アケは、歓喜の声を上げてアズキに抱きつく。
アズキは、嬉しそうに鳴いて目を細める。
「良かったぁ。良かったよぉアズキィィ、アズキィィ!」
「ぷぎぃ!ぷぎい!ぷぎい!」
喜び合う二人。
そこに迷惑そうな甲高い子どものような声が。
「僕もいるんだけど……」
その声にアケは、蛇の目をアズキの鼻に座った白兎を見る。
「オ……オモチ?」
「正解」
オモチは、ヒクッと鼻を震わせる。
「えっ?な……え?」
驚きのあまりアケは声を出すことが出来ない。
「まあ、色々あってね」
オモチは、ぴょんっとアズキの鼻の上から降りる。
「白蛇の奴はやっつけたよ」
オモチの声に蛇の目は丸くする。
ナギの顔が驚愕に固まる。
「因縁って奴?潰しといたから」
アケは、オモチの言っている意味が分からずきょとんっとする。
「そんなことより……」
白兎はトコトコとずんぐりとした足を動かしてツキの下に夜と右手を左肩に当てて頭を下げる。
「厄介事が起きました」
オモチの言葉にツキは黄金の双眸を揺らす。
「霜の巨人か?」
「ご明察の通り」
オモチは、鼻をヒクッと動かす。
「白蛇の奴が蓄えていた霜の巨人の力が暴走しました」
オモチは、自分たちの走って来た方向を見る。
それに釣られてアケも蛇の目を向け……驚愕する。
雪の山がそこにあった。
いや、山ではない。
膨らんで見えるのは胴体で、崩れ落ちるように動いて見えるのは柱の如く太い両腕、白い表面も良く見ると猫のような白い短毛のようで、そして顔は怒りと憎しみを彫り上げた深い皺のある人間と牛の混じり合った顔だった。
「霜の巨人……牛頭か」
雪の巨大な猿を見て黄金の双眸をきつく細める。
「白蛇の奴への恨みで狂ってます。そして……」
オモチは、赤い目をアケに向ける。
牛頭は、怒り狂った雪の目をアケに向ける。
その恐ろしい視線にアケは思わず後退り、アズキがアケを守ろうと前に出て牛頭を威嚇する。
「ジャノメに殺意を抱いてます。いや……」
オモチは、鼻をヒクッと鳴らす。
「ジャノメの身体にある白蛇の一部を」
アケの蛇の目が大きく震える。
「そうか……」
ツキの双眸が炎のように揺らめく。
「ナギ!」
アケの悲鳴に似た声が聞こえる。
「姉様は……逃げて」
ナギは、二人の前に立ち、刀を正中に構え、切先を牛頭に向ける。
「こいつは俺が仕留める」
気丈に叫ぶナギ。
しかし、その切先は震えていた。
ウグイスに負わされた怪我もある。しかし、それ以上にナギは恐れていた。
目の前の存在から発せられる異様な雰囲気と圧に。
(強い……)
今まで相手にして来た強豪な戦士や化け物なんかよりも遥かに強い……怖い。
(これが……巨人)
白蛇に騙されたことに今更ながらに気付く。
こんな奴らを殺し続けるなんて……出来るわけがない。
あいつは自分も姉様も、世界も全て犠牲にして宿願を叶えるつもりだったのだ。
ナギは、自分の愚かさに歯噛みする。
しかし、逃げない。
逃げるわけにはいかない。
「姉様は……俺が守る」
ナギは、刀を振り上げ牛頭に向かって駆けようとする、と。
「やめよ」
威厳のある声が背後から飛ぶ。
ツキがいつの間にかアケの隣に立ち、黄金の双眸を牛頭に向ける。
身体から発せられる水蒸気のよつな白い煙が増している。
「あれは倒せん」
ツキの言葉にナギは怒りを剥き出す。
「俺では勝てないと……?」
それは自分自身でも分かっていた。
しかし、それでも目の前の男には言われたくなかった。
「そうだ」
ツキは、肯定し、黄金の双眸をナギに向ける。
「お前では勝てん」
「お前なら勝てるとでも?」
ナギは、悔しげに呻く。
「造作もない」
ツキは、牛頭に黄金の双眸を向ける。
「奴に肉があればな」
ナギは、眉を顰める。
「月曜霊扉」
ツキの胸の前に黄金の円が展開され、複雑な紋様を描く。
「解放」
黄金の円から黒い鎖が飛び出し、牛頭の身体を貫く。
ナギの目が大きく見開く。
牛頭の身体は石を投げつけられた雪だるまのように砕け散る。
しかし……。
砕け散った雪の破片が宙で止まり、吸い込まれるように集結し、元の牛の姿に戻る。
アケの蛇の目が大きく震える。
牛頭の顔が怒りに歪み、大きな顎を開き、大量の雪の蝗を吐き出す。
ナギは、戦慄し、刀を構える。
"火曜霊扉"
アズキが全員の前に出て背中に赤い円を展開させ、複雑な紋様を描く。
"解放"
アズキの背中に巨大な炎の翼が生え、天上を貫くように伸びて壁なり、雪の蝗を防ぎ、溶かしていく。
「奴には肉がない」
炎の翼に溶かされる雪の蝗と怒り狂う牛頭を見ながらツキは言う。
「白蛇に殺され、世界の塵と消えた。あるのは奴に絞り出された力と感情のカスだ」
「感情のカス……」
アケは、ぼそりっと呟く。
牛頭の目が恨みがましい目でアケを睨み、思わず背筋が震える。
「肉がないものを殺すことは出来ん」
「猪の炎なら?」
ナギが問う。
「世界を形成する力だ、此奴が溶かしきる前に世界が凍てつく」
アズキが悔しげに唸る。
「それでは……どうしたら……」
アケは、声を震わせながら訊く。
ツキの黄金の双眸がアケを見る。
「お前が必要だ」
「えっ?」
蛇の目が大きく見開く。
「お前の目に……日曜霊扉を開き、奴を元の世界に送り返す」
アケの心臓がどきんっと跳ねた。
「馬鹿を言うなぁ!」
ナギの怒りの叫びが飛び。小鬼三兄妹が震える。
「集中して」
オモチが鼻をヒクッと動かして言う。
「大丈夫だから」
オモチは、未だ目を覚さないウグイスを赤い目で見つめる。
ウグイスは、「ううんっ」と小さく呻く。
「姉様にそんなことさせられるかあ!」
「それ以外の方法は皆無だ」
ツキは、冷徹に言い、アケに近寄る。
アケは、蛇の目をツキに向けたまま反らすことが出来ない。
「其方の日曜霊扉の力を反転させ、吐くのではなく、食わせる。そうすれば奴はこの世から消えて無くなる」
「でも……」
アケは、漆黒の鎖に塞がれた空の目に触れる。
「私には……そんなこと……」
ナギの話しではアケの日曜霊扉は、不完全だ。
もし失敗したら……。
「案ずるな」
ツキは、黄金の双眸を柔らかく細める。
「コントロールは我がする。其方はその身を我に委ねろ」
ツキは、血の滴る左手を上げる。
唯一残った小指に見覚えのある巾着袋が引っかかってる。
「オモチが良い仕事をしてくれた」
ツキは、アケの前に巾着袋を差し出す。
アケは、巾着袋を受け取る。
少しだけ膨らみが増した気がする。
「それがお前を守ってくれる。そして……」
黄金の双眸をがアケを映す。
「我が必ず其方を守る。命に変えても……な」
蛇の目が大きく見開く。
「何故……ですか?」
アケの問いにツキは眉を顰める。
「何故……貴方様は私のことをそんなにも気にかけてくださるのですか?」
それはずっとアケが思っていた疑問だった。
この人は猫の額に来た時からずっと自分のことを気にかけてくれた。
見守り、叱咤し、慰め、そして優しく包んでくれた。
なんで……なんで……。
「何を言うかと思えば」
ツキは、口元を綻ばせる。
「妻を守るのに理由などない」
「えっ?」
日が落ちる。
薄闇の向こうに月が浮かび上がる。
刹那。
ツキの身体が大きく蠢く。
光沢のある髪が伸び、整った野生味のある顔に黒い毛が生えていき、鼻と口が歪み、伸びていく。黒い服も固く、黒く輝く毛に変化していく。
身体が膨れ上がり、手足が大きく、獣のものへと姿を変える。耳の形が変わり、頭頂部へと移る。優雅で逞しい尾が地面を打ち付ける。
そして空に浮かぶ月のような大きな黄金の双眸がアケを優しく見下ろす。
その見る者を魅了する威風堂々とした美しい姿はまさに王と呼ぶに相応しきもの。
金色の黒狼は、空に向かって猛々しく遠吠えした。
「主人……」
アケは、呆然と呟く。
「彼奴は其方を恨んでいる」
黄金の黒狼……ツキは威厳ある声を吐き、牛頭を睨む。
「其方の一部となった白蛇の一部を恨み、其方を殺したがっている」
アケは、蛇の目を大きく震わせる。
「そしてお前を殺したとて止まることはない。世界を凍てつかせるまで止まることはない」
黄金の双眸が再びアケを見る。
「世界の運命は……此奴らの命は其方の選択に掛かっている。どうす……」
「やります!」
アケは、はっきりと、力強く答える。
ナギの目が大きく見開く。
「夫に従うは妻の務め。みんなを救いたいのは私の願い。拒む理由がございません」
アケは、蛇の目で力強くツキを見る。
「そうか……」
ツキの顎が笑うように歪むと大きく口を開いてアケの襟元に牙を引っ掛け、ぶうんっと首を振り、背中に乗せる。
花の匂いが鼻腔を擽る。
「ここでは皆を巻き込む。離れるぞ」
「はいっ」
アケは、大きく頷く。
「姉様!」
ナギが悲壮な顔でアケを見上げる。
アケは、口元を小さく綻ばせて笑う。
「ナギ……待っててね」
アケは、優しい声で言う。
「帰ってきたら……美味しいご飯作るから」
ナギの目が大きく震える。
「良い子で待ってて」
ナギは、顔を張り付かせ、その場に膝を付く。
アケは、オモチとアズキ、小鬼三兄妹を見る。
「ウグイスをお願い」
「任せて」
「ぷぎい!」
「キュイキュイ」
「キュキュキュイ!」
「キューイン!」
アケは、嬉しげに頷く。
「行くぞ」
「はいっ」
アケは、ぎゅっとツキにしがみつく。
ツキは、牛頭に向かって威嚇するように吠える。
牛頭の視線がツキと、その背に乗るアケに移り、怒りを激らせる。
「ついてこい」
ツキは、大地を蹴り上げ、跳躍し、果てに向かって駆けていく。
牛頭は、怒りの雄叫びを上げて二人を追いかける。
「ご武運を」
オモチは、右手を左肩に乗せてヒクッと首を垂れる。




