白蛇と白兎
大地が凍てつき、白く染め上げる。
地面に霜柱がら猫の毛のように逆立ち埋め尽くす。
赤い実の木は、水分を全て凍てつかされ、幹が氷と化し、氷柱を伸ばして樹氷の木へと姿を変える。
オモチは、両足の強靭なバネを利用してピョンピン飛び跳ねながら表情を変えずに赤い目で豹変した景色を見つめ、ずんぐりとした両手を合わせる。
「木曜霊扉」
複数の黒い種が凍てついた地面に撒かれ、その上に小さな緑色の円が展開し、複雑な紋様が描かれる。
「解放」
種の表面が割れ、根が凍てついた地面に突き刺さり、薔薇が咲き乱れ、細い荊の蔦を伸ばし、標的に向かってその身を伸ばし、縛り上げる。
「弱いですわ」
標的……白蛇はにいっと割れるように笑い、その巨大な身を振動させる。
蔦が白く凍てつき、氷と化して音もなく砕け散る。
オモチは、ひくっと鼻を鳴らしてその光景を見て凍てついた地面に降り立つ。
白蛇の姿は変貌していた。
妖艶で美しい顔、剥き出しになった豊満な上半身の下は氷で合計された巨大な蛇の身体になって凍てついた地面を這いずる。
白蛇は、白い腹を摩る。
喉が蠢き、白い球が吐き出され、二又の舌の上に乗る。
「氷柱の蝦蟇」
球を噛み砕く。
氷の粒が舞い上がり、巨大な蝦蟇の姿へと変わる。
蝦蟇は、長い舌を凍てついた地面に張り付くほど伸ばし、一気に振るい上げてオモチを狙う。
オモチは、跳躍して蝦蟇の一撃を交わし、黒い種を投げて両手を合わせる。
「木曜……」
「遅い」
オモチの頭上に回り込んだ白蛇はにいっと笑い、白い球を砕く。
「雪の百足」
右手に雪が集い、巨大な雪の百足に形成される。百足は鉄甲のような身体に節を折り曲げ、醜い首をオモチの胴体に叩きつけ、捻じ曲がった牙を突き立てる。
オモチの表情は変わらない。しかし、腹部から赤い血が吹き出し、口から血が流れ出る。
オモチは、嘲笑う白蛇の顔を見て……両手を合わせる。
「木曜霊扉」
先程放り投げた黒い種の上に緑の円が展開し、複雑な紋様を描く。
「解放」
種が割れ、先端が鋭く尖った草の群れが生える。
草の表面が鉄のように硬質化し、一気に成長して伸ばし、切先となって白蛇の蛇の身体に突き刺さった……かに見えた。
草の刃は、白蛇の蛇の身体に触れた瞬間に凍てつき、砕け落ちる。
「脆い」
白蛇は、嘲る。
オモチは、そのまま凍てついた地面に落ちる。
氷の蝦蟇が間髪おかず舌の鞭をオモチに叩きつける。
オモチの巨体がそり返り、白い鼻と口から血を吐き出す。
白蛇は、蛇の身体にトグロを巻いて愉悦げにオモチを見下ろす。
「凍てつく世界じゃ植物は育たない」
白い蝦蟇と白蛇の腕から離れた雪の百足が白蛇の左右に並ぶ。
「私と貴方じゃ相性が悪いですわね。木霊」
オモチは、鼻血を流し続ける鼻をヒクッと動かす。
「君の力じゃないだろ?」
オモチは.全身のバネを使って地面から飛び跳ね、両足を地面に付ける。
その動きに白蛇は感心して妖艶に口笛を吹く。
「それ……霜の巨人の力でしょ?」
オモチは、赤い目でじっと白蛇を見る。
「巨人の力を自分のように使うなんて身体だけじゃなく矜持も失ったの?」
オモチの言葉に白蛇は朱の目を冷たく光らせ、にこっと笑う。
「私の力ですわよ」
蝦蟇と百足の形が崩れ、雪クズとなって白蛇の両手の前に集まっていく。
「まだ、私の身体が完全であった頃に彼を呼び出したのです」
雪クズが形成され、岩のような男の顔へと変わる。
岩の男の表情は、苦鳴に歪み何かを叫んでいるが声にならない。
「本当は御君を呼び出したかったのに出てきたのはコレ……あまりに腹が立ったので呪いで宝珠に変えたんです。いつか何かに使えるのではないかと思って……」
白蛇は、妖艶に微笑む。
霜の巨人の顔は苦鳴に歪み、何かをずっと叫ぶ。
その声は白蛇には聞こえているのか不快げに歪む。
「五月蝿い」
白蛇は、パンッと霜の巨人の顔を押し潰す。
「何百年と前の恨みをいつまでもグチグチと……」
オモチは、そんな白蛇の様子を赤い目で見る。
「ねえ?」
オモチが子どものような甲高い声を白蛇に向ける。
「なんで……阿修羅なんて好きなの?」
白蛇の目が鋭くオモチを貫く。
しかし、オモチは、怯まず白蛇を見返す。
「巨人はこの世界の作り、滅ぼす者。敵対しても好意を向ける対象じゃないはずだよ。なのになんで?」
「恋に理屈はありませんわ」
白蛇は、うっとりした表情で星の浮かび始めた暗い空を見上げる。
「あのお方の姿を一目見た瞬間から私は恋に落ちた。それだけよ」
白蛇は、熱を帯びた声で言う。
「私は、またあの方に会いたい。会って永遠に過ごしたい。ただそれだけ。純粋な愛よ」
オモチは、赤い目でじっと白蛇を見る。
「それってさ……」
オモチは、鼻を拭い、血をぺっと吐く。
「たくさんの子どもを犠牲にしてまで得なきゃいけないの?」
オモチの言葉に白蛇は眉を顰める。
「一人の女の子の幸せを奪うほどの価値のあることなの?」
「あるわよ」
白蛇は、即答する。
「むしろ御君の役に立てたことを喜びなさい」
「ふうんっ」
オモチは、鼻をヒクヒクッ鳴らし、赤い目で白蛇を見据える。
「もういい。もう分かった」
オモチは、両手を合わせる。
「もう殺す」
緑の円が合掌した両手の前で展開する。
「木曜霊扉」
「また、弱々攻撃ですか?」
白蛇は、うんざりしたように肩を竦める。
「凍てついた大地では植物は育ちませんことよ」
「そうだね」
オモチは、躊躇なく肯定する。
「だから、大地以外で育てることにするよ」
朱の目がきょとんっとする。
刹那。
紋様を描いた緑の円がオモチの両手をすり抜け、大きな白いお腹に張り付いた。
「解放」
緑の円が大きく輝く。
オモチの白い腕から、足から、腹から、背から耳から、そして頭から大量の葉が生い茂る。
「冬虫夏草」
オモチは、血に塗れた鼻をヒクッと動かして言う。
「植物ってね……肉からも生えるんだ」
葉が伸び、枝となり、幹となり、オモチの大きな身体を包み込む。
白蛇の目が驚愕に震える、
幹となった木々は織物のような重なり合い、縫い合わせ、巨大な狼の姿へと変貌する。
「僕が一番強いと思ってる方だよ」
樹木の狼の口から子どものような甲高い声が響く。
「んじゃ……」
狼は、身を低く構える。
「死ね」
狼が凍てつく大地を蹴り上げる。
白蛇は、腹から宝珠を吐き出して砕く。
大量の雪の蝗が狼に襲いかかり、氷の牙で狼の身体を蝕んでいく。
しかし、狼は怯むことなく蝗を弾き、潰し、白蛇へと迫る。
白蛇は、宝珠を吐き出し、噛み砕く、
両腕が凍てつき、巨大な氷の刃と化す。
狼の顎と氷の刃が激突する。
木の破片が飛び、葉が千切れ、氷のクズが飛び散る。
白蛇は、氷の刃を振るい上げ、狼を切り刻む。
狼は、牙と爪を駆使して凍てつく蛇の体を砕き、千切る。
二人の戦いに凍てつく大地が振動し、凍った赤い実の木が砕けていく。
目を覆いたくなるような絶戦。
白蛇は、宝珠を砕き、凍てつく息で狼を凍らせる。
狼も葉と木の息を吐き、白蛇の身体を切り裂き、叩きつける。
白蛇の尾が振り上げられ、狼の右足を破壊する。
狼の牙が白蛇の氷の胴体を抉る。
両者の戦いは全くの互角……かに見えた。
白蛇がニャァと嫌らしくほくそ笑む。
「限界が来ましたね」
木の狼の身体が白く染まる。傷ついた部分が湿り、凍っていく。
「凍えてらっしゃるのでは?」
白蛇の朱の目が狼を、その中で種となっているオモチを見据える。
「そうだね」
狼の口から甲高い声が響く。
その声は寒さに震えていた。
「身体から血の気が引いて感覚がなくなりそう」
その言葉に白蛇は大きく唇を歪める。
自分の勝ちを確信したように。
「そのまま凍てつきなさい」
白蛇は、腹の底から宝珠を吐き出し、二又の舌に乗っける。そして大きく顎を広げ、噛み砕こうとする。
「だから……さ」
狼の木の目が白蛇を見据える。
「一緒に温まろう」
刹那。
狼の身体が解ける。
木の幹が触手のように伸びて白蛇の身体を飲み込む。
朱の目が驚愕に見開く……も直ぐにほくそ笑む。
「無駄ですわ」
白蛇の身体に触れた幹が凍っていく。
「直ぐに凍てつき、凍え死にますわよ」
「だろうね」
オマチの声が肯定する。
「でも、知ってる?木ってさ……」
木の幹の中からオモチの顔が覗く。
赤い目が白蛇を射抜く。
「燃えるんだよ」
白蛇の顔がきょとんっとする。
刹那。
火曜霊扉。
どこからか声が聞こえた気がする。
解放。
巨大な炎の翼が空を焼く。
凍てついた地面が解け、赤い実の木が姿を現す。
白蛇の朱の目が驚愕に見開く。
炎の翼の主……アズキが頭上から獰猛な目で白蛇を見下ろす。
「貴様……何故!」
白蛇は、狼狽える。
アズキは、炎の翼を羽ばたかせ、炎の嵐を吹き上げ、白蛇とオモチの身体を飲み込む。
氷の白蛇の身体が溶けていく。
木の身体が燃えて消し炭になる。
「うぎゃああああっ!」
白蛇の口から断末魔の声が飛び出る。
宝珠が口からこぼれ落ちる。
「バイバイ白蛇」
燃える木の中で暗く焼け焦げたオマチは鼻をヒクッと動かす。
「あっちで子どもたちに謝りな」
木が崩れ、オモチの身体が落ちていく。
白蛇の白い肌が燃える。
朱の目が蒸発する。
「御君……御君……」
白蛇は、黒く染まった両腕を伸ばす。
「今一度……」
会いたかった……。
その言葉を告げられぬまま白蛇の身体は燃え尽きた。
バフっ。
オモチの身体が溶けた地面に落下した瞬間、黒く焼け焦げた体毛が全て崩れ落ちる。
「いたたたたっ」
崩れ落ちた毛の中から現れたのは子犬のように小さな白兎になったオモチだった。
「蓄えが全部無くなった……」
小さくなった自分の身体を見てオモチは、深く嘆息する。
「当分、霊扉は開けないなあ」
食堂の収穫はどうしよう……。
そんなことを考えてると……。
「ぷぎい」
ゆっくりとヨタつきながら背中が燃えた巨大な猪が近寄ってくる。
アズキだ。
アズキは、大きな鼻をオモチの腹に擦り付け、長い舌で顔を舐める。
舌の感触を擽ったく思いながらオモチは、アズキの漆黒の鎖が痛々しく縫い込まれた首筋を見る。
「悪かったね。無理させて」
オモチは、アズキの頬を優しく摩る。
アズキは、気持ち良さそうに目を細める。
「でも、これで少しはジャノメに報いることが……」
刹那。
空気が冷たくなる。
再び地面が凍てつき、赤い実の木が凍り始める。
オモチは、赤い目を震わせて身体を起こす。
アズキは、目を獰猛に釣り上げ、唸り声を上げる。
二人の視線の先にあるのは黒焦げになった白蛇。
そこからは生命の鼓動は感じない。
しかし、また別の何かが溢れ出るのを感じる。
「これは……」
白蛇の腹であった部分から白い煙が巻き起こり、顔の形を作る。
その顔は……。
「やばいっ」
オモチは、大きく鼻をひくつかせた。




