友達
ナギの目が大きく見開く。
アケの封印を千切る為に振るわれたナギの刃。
ナギの脳裏に切先が漆黒の鎖を紙のように切り裂く絵が浮かび、それは間違いなく実現するはずだった。
しかし……。
アケとナギの間に巨大な水の手が現れ、切先を握りしめる。
「水曜霊扉」
怒りの混じった女の声が空から響く。
ナギは、空を見上げる。
緑翼腕の少女……ウグイスが複雑な紋様を描かれた円の向こうから殺意を込めた目でナギを見下ろしている。
「変わり映えのない」
ナギは、目をきつく細める。
「解放」
刀を握った水の手が騒めく。
甲の表面が歪み、無数の瘤となり、拳の形へと変わる。
ナギは、刀を動かそうとする、が、ガッチリと握られびくともしない。
水の拳が群れとなって伸びてナギに襲い掛かる。
ナギは、刀から手を離す。腰に下げた朱色の鞘を抜き、水平に構えると刀の如く振り上げ、水の拳を全て打ち据える。
水の拳が消える。
ナギの刀が地面に落ちる。
アケの姿が消える。
ナギは、視線だけを動かしてアケを探す。
いた。
数十歩離れた先座り込む、に三匹のどんぐりのような長毛の生き物……小鬼に囲われている。
「みんな……」
アケは、蛇の目を震わせ、三兄妹を見る。
小鬼三兄妹は、両腕を広げ、長毛の下に隠れた目を激らせ、犬のように唸り声を上げてナギを威嚇する。
「ありがとう……あんたたち」
緑翼腕の少女がアケ達の前に降り立つ。
「ウグイス……」
アケは、呆然とウグイスを見る。
「ウグイス……なん……?」
アケは、言葉を続けることが出来なかった。
いつも明るくて優しいウグイスの緑色の目が怒りを激らせ睨みつけてきたから……。
「ウグイス……?」
「あんた……後で大説教だからね……」
「えっ?……」
「どんだけ心配したと思ってんのよ……」
ウグイスの目が緑の目が涙で潤む。
「この子達が知らせてくれた時……本気で羽毛が全部落ちるかと思ったんだからね!」
ウグイスは、泣き叫ぶ。
アケは、蛇の目を大きく見開き、唇を震わせる。
小鬼の長女がキューイと悲しげに鳴く。
「ごめん……」
「だから謝るのはあと!」
ウグイスは、叫ぶ。
「あんたより許せないのがいるから!」
ウグイスは、緑色の目を怒らせナギを睨む。
ナギは、ゆっくりと落ちた刀に近寄り、足で蹴り上げ、手に掴む。
「邪魔をするな。オウム」
「邪魔するわよ」
ウグイスの緑の瞳が炎のように揺れる。
「あんた自分の大事なお姉ちゃんに何してんのよ?」
冷たく、怒れる声。
こんなウグイスの声……初めて聞いた。
「姉様の為に決まってるだろう」
ナギは、冷徹にウグイスを睨む。
「姉様の中に巣食う奴らを全て殺して姉様を解放する。それの何が悪い?」
「悪いに決まってんでしょう」
ウグイスの目が剣呑に揺れる。
「巨人を全部殺せるだなんて本気で思ってる訳?この世界を作った連中だよ」
「殺すさ」
ナギは、刀を垂直に掲げる。
「姉様を虐げる奴、不幸にする奴は全て殺す。その為に俺は強くなった……」
柄を左側頭部まで持ち上げ、刃をウグイスに向けて水平にし、霞の構えを取る。
「誰であろうと全て斬る」
ナギの目が鋭くウグイスを貫く。
「そう……」
ウグイスは、両方の緑翼腕をだらんと下げ、手を開く。
「じゃあ、私にやられても文句ないってことね」
ウグイスの緑の目が冷徹に揺らめく。
「水曜霊扉」
両手に水色の円が展開し、紋様が描かれる。
空気中の水分が結合し、具現化し、さらに結合し、形を成していく。
「解放」
水色の円が弾ける。
ウグイスの両手に水色のそり返った二振りの刀が握られる。
「三日月刀?」
ナギの目が鋭く細まる。
ウグイスは、二振り三日月刀の感触を確かめるように握り締めると大きく翼を広げ、構える。
「私に勝てないきゃ巨人なんて夢のまた夢よ」
「何度も言わせるな」
ナギは、両足を広げ、腰を低く落とす。
「全て斬る」
ウグイスの身体が宙に浮く。
刹那。
身体を旋回させ、ナギに向かって突進する。
ナギは、身体中の筋肉を捻り、向かって来るウグイスに突きを放つ。
ギンッ!
刀の切先と三日月刀の切先が寸分ずれることなく激突する。
ナギの目が大きく見開く。
ウグイスは、三日月刀の切先を軸にして身体を左に回転させ、もう一つの三日月刀をナギに腹に向けて振り上げる。
しかし……。
ナギは、瞬時に柄を振り下ろし、ウグイスの攻撃を防ぐ。
二人は、同時に後退する。
ウグイスは、宙に舞い、ナギは肉食獣の如く身を低くし、刀と柄を交差に構える。
「あんたさ……なんでジャノメに会いに来なかったの?」
「姉様をジャノメと呼ぶな!」
ナギは、柄を地面に打ち付け、振り上げる。砕けた地面が礫となってウグイスに襲い掛かる。
ウグイスは、宙を旋回して礫を避ける。
刹那。
ナギは、柄を地面に突き立て、飛び上がって先端に爪先を付け、再び跳躍し、ウグイスの位置まで飛躍する。
ナギの刀がウグイスを捉える。
ウグイスは、三日月刀を交差させてナギの一撃を防ぐ。が、ナギの一撃はあまりに重くそのまま吹き飛ばされ、地面に落下する。
ウグイスは、地面に背中を打ち付け、血を吐く。
「ウグイス!」
アケは、ウグイスに駆け寄ろうとするが三兄妹に止まられる。
「ここの生物はどうなってる?」
ナギは、地面に着地し、地面に突き刺した柄を抜き取る。
「こうも一撃で仕留められないのは誇りが傷つく」
ナギは、切先を下に落としてゆっくりとウグイスに近寄る。
ウグイスは、痛みの走る身体を起こしてナギを睨む。
「ジャノメは……ずっと待ってたんだ」
「ジャノメと呼ぶな!」
ナギは、目を見開き叫ぶ。
「そんなの無理だし……」
ウグイスは、立ち上がる。
「ジャノメ以外の名前知らないし……なんならジャノメが本当の名前じゃなかったってさっきまで知らなかったし……」
ぺっと血の塊を吐き捨てる。
「私は……ジャノメの友達じゃなかったんだ」
ウグイスの言葉にアケは全身から血の気を引いていくのを感じた。
「ち……ちが……ウグイス……ちが……」
アケは、言葉を紡ごうとするが心と身体が震えて声を出せない。
「当然だろう」
ナギは、見下げたような目をして言う。
「貴様のような奴と姉様が友達な訳がない」
「そうさ」
ウグイスは、自嘲し笑う。
「友達じゃなかったら……何も分かって上げられなかった」
ウグイスは、三日月刀の柄を強く握り締める。
「どんだけ痛かったんだよ……」
ウグイスは、痛々しく声を絞り出す。
「悲しかったんだよ……辛かったんだよ……自分の本当の名前を呼んでもらえないなんて……名乗れないなんて……」
柄がギチギチ音を立てる。
「それなのに……私全然気づいてやれなかった……ここで一番近くにいたのに……ウザいくらいベタベタしてたのに……大好きなのに……」
柄を握る手から血が滲み、地面に滴る。
「ウグイス……」
アケは、声を震わせる。
「くだらん」
ナギは、馬鹿にするように目を細めてウグイスを見る。
「化け物風情が姉様と……」
「あんた……」
ウグイスは、ぽそりっと呟く。
「あの子を捨てたあんたに言われたくないわ」
ナギの表情が一瞬固まる。
「姉様を……捨てた?」
ナギは、鼻で笑い嘲る。
「化け物は語彙もないのか?」
「誤魔化すんじゃないわよ」
ウグイスの目が冷徹に揺れる。
「あんたは捨てたんでしょ?……いや逃げたんでしょ?あの娘から……自由になりたくて……」
ナギの目が大きく見開く。
それはナギが十三歳を迎える前のこと。
「外に出たいと思わないのか?」
そうナギに言ったのはアケが仕込んだ鳩の燻製を買ってくれた行商人だった。
「外?」
ナギは、意味が分からず首を傾げる。
「俺、外出てるよ?」
「そう言う意味じゃねえよ」
行商人は呆れて舌を巻く。
「家を出て違う世界を見たくないのかってこと」
「家……世界……」
そんなこと考えたこともなかった。
ナギにとって家とはアケと住むところであり、世界とはアケと一緒にいる家とこの近隣の街道だけだった。
「お前、体格もいいし、度胸もあるからさ」
行商人は、ナギの金色の髪を撫でる。
「武士は無理でも小者にはなれるかもよ。そうすりゃもっと金稼げるし、今と違う世界がきっと見えてくる」
世界が……見えてくる……。
ナギは、目を大きく目を見開く。
「若いんだ。よく考えてみるんだな」
そう言って行商人は去っていった。
ナギは、彼の背中から目を離すことが出来なかった。
またある日のこと。
肉の販売を終えたナギは武士達に見つからないよう朽ちた屋敷に戻ろうと身を潜めて移動していた。
「ジャノメ姫……ガキを囲ってるらしいぜ」
朽ちた屋敷を見張る武士達の会話が耳に入る。
ナギは、思わず足を止めて隠れた。
「マジかよ。ガキを囲うなんて色気付き始めたか?」
もう一人の武士が嘲笑する。
ナギは、腹の底から怒りが湧いた。
姉を馬鹿にするあいつらを今すぐにでも八つ裂きにしたいと思った。
「結構、可愛がってるらしいぜ。ガキも懐いてるらしい」
「へえ。変わったガキだな。てことはよぉ」
武士は、空を見上げる。
「そのガキも一生あのボロ屋敷で暮らすってことか?」
一生?
ナギは、腹の底が冷たくなる。
「そりゃそうだろ」
もう一人の武士が大きく頷く。
「あの化け物と暮らすってことはそういうことだからな。あの朽ちた屋敷で化け物とまぐわってガキでも作るんじゃねえか?」
「うわぁ。最悪の人生。めっちゃ不幸じゃん」
武士達は、笑う。
「あの化け物のせいで人生台無しだわ……」
ナギは、身体が震えるのを止められなかった。
一生……?
あのボロ屋敷で暮らす?
不幸……?
人生台無し……?
ナギは、その場で嘔吐した。
ナギの目に朽ちた屋敷が映る。
その中でナギの帰りを待つ大好きな姉の姿が浮かぶ。
大好きな……姉の姿が。
ナギの心が暗くなる。
黒い炎が奥底で揺らめく。
「俺は……俺は……」
その数日後、ナギは十三歳になった。
そして……考え抜いた言い訳を並べて悲しむアケを屋敷に残し……二度と戻らなかった。
「違う!」
ナギは、叫ぶ。
「違う!違う!違う!違う!」
ナギは、目を血走らせて取り乱し、刀を縦に横に振るう。
アケは、驚き、蛇の目を見開く。
「俺は……俺は姉様を……!」
「嘘吐くんじゃないわよ」
ウグイスが冷徹にナギを睨む。
「あの娘を思ってんなら何で迎えにいかなかったのよ?」
「それは……」
ナギは、口籠る。
「まだ……姉様を迎えるには準備が……」
「大将なんでしょ?国の英雄なんでしょ?強いんでしょ?」
ウグイスは、一歩足を踏み出す。
背中が痛み、口の端から血が流れる。
「ウグイス!」
アケは、悲壮に叫ぶ。
「文句を言う奴は黙らせればいいじゃない。斬って捨てればいいじゃない。声高々に自分の大切な姉ですって公言すればいいでしょ?誰も文句言わないわよ。言えないわよ。英雄なんだなら」
「それは……」
ナギは、声を震わせる。
「それが出来なかったのが証拠よ。あんたは自分が可愛いあまりにあの娘を捨てたのよ。なのにあの娘がここに捧げられたって聞いて後ろめたくなって自分に言い訳かまして動いてるように見せてるだけよ」
ウグイスは、血で赤く染まった唇に嘲笑を浮かべる。
「情けない男」
刹那。
ナギの刀が正中に一閃する。
ウグイスは、三日月刀を交差に構え、ナギの一撃を防ぐ。
ナギの目が大きく見開く。
ウグイスの口から血反吐が飛び出し、両翼腕が軋む。
「図星ね」
ウグイスは、血を流しながら嘲る。
「黙れ!」
ナギは、三日月刀を払い、横薙ぎに振るう。
ウグイスは、翼腕を広げ、宙に舞い上がる。
「あんたにあの娘は渡さない……」
「お前に何の権利がある!?」
ナギは、犬のように鼻頭に皺を寄せてウグイスを睨む。
「権利なんてないわよ。いらないわよ。だって……」
ウグイスは、二つの三日月刀の柄を重ねる。
「私は、あの娘の友達なんだから!」
三日月刀の柄が伸びて双刃の薙刀に変わる。
「ウグイス……」
アケは、空に浮かぶウグイスの名を呟き、胸元を握りしめる。
「化け物が……」
ナギは、刀を鞘に収め、肉食獣の如く足を広げ、身を低くする。
「殺す」
ナギは、両足の筋肉をバネにし、跳躍する。
ウグイスは、双刃の薙刀を両手で握り、ナギに向かって落下する。
ナギの右手が柄を握る。
ウグイスは、薙刀の刃を振り下ろす。
刀が鞘の中で速度を上げて振り抜かれる。
二つの刃が激突する。
水飛沫が飛び散り、雨となって降り注ぐ。
水の薙刀が砕ける。
刃がウグイスの右の翼腕を切り落とし、胸から腹にかけて裂かれていく。
「いやあああああっ!」
アケの叫び声が響き渡る。
「ウグイスゥ!ウグイスゥ!」
アケは、叫び駆け寄ろうとするのを三兄妹が全力で止める。
ナギの口元が釣り上げる。
飛び散る鮮血がナギの顔を染め、緑の目が虚になる。
ウグイスは、そのまま力なく落下していく……。
刹那。
薙刀の水が崩れ、水滴となってナギの周りを囲む。
ナギは、目を瞠る。
「水曜霊扉」
ウグイスの口が力なく開く。
ナギを中心に巨大な水色な円が展開し、複雑な紋様を描く。
「解放」
ウグイスの身体が地面に落下する。
水滴が形を変える。
くっつき、膨らみ、形を変える。
それは無数の小さなウグイスとなる。
ナギの目が大きく見開く。
(こいつ……まさか……)
剣で挑んだのも……挑発的に罵ってきたのも……。
(これの……布石?)
水のウグイス達は、屈託のない笑みを浮かべると翼腕をを大きく開き、一斉にナギに襲いかかる。
ナギは、刀を振おうとする。が、水のウグイス達がくっついて動きを制する。
刹那。水のウグイス達の乱撃がナギを叩きつける。
それはさながらに渦潮。
朱の甲冑は無惨に千切れ、凹み、地面に落ちる。
水が消える。
全身を血で赤く染まったナギの身体はそのまま落下し、地面へと激突した。




