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幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


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第98話 神獣二体、戦場に立つ

深夜の執務室に、静かな気配が訪れた。


扉が開き、レグニアが入ってきた。

その後ろに、白銀の長い髪を持つ女性と、小さな子供がいた。


女性は凛とした佇まいで、その目は琥珀色に輝いている。子供は女性の足元にぴったりと寄り添い、好奇心と警戒心が混ざった目でケイスを見つめていた。


「我はフェンリルのナーラだ」

女性が静かに言った。


「この度は、子供のティルを助けてもらった。礼を言いに来た」


「私はレグニアに頼んだだけです。礼ならレグニアに」


「レグニア殿には、すでに礼を言ってある」


フェンリルがケイスをまっすぐに見た。その目に、強い意志があった。

「礼を伝えたからには、これよりノルド王国に乗り込んで、すべてを破壊する」


「ちょっと待ってくれ」

ケイスが手を上げた。


「私はヴェリル様から、民を幸せにしてほしいと頼まれている。これから国を滅ぼしに行くという者を、そのまま行かせるわけにはいかない」


「だが……やつらがしたことを、なかったことになど、できはしない」


フェンリルの声に、抑えきれない怒りが滲んだ。

子供が母親の足にしがみついた。


「それはわかります。ですが――王都の住民たちは、助けてもらえませんか」


フェンリルが少し黙った。


「……いいだろう」


「ありがとうございます。その前に、ヴァルド辺境伯領に集まっているノルド王国兵を追い払うのを手伝っていただけませんか」


「願ってもない。あいつらは、我に薬を飲ませていた。当然、殲滅する」


「それは構いません。ただ、ノルド王国の一般兵の多くは、無理やり徴兵された農民や町民です。彼らには罪はありません。できれば、無事に国に帰してあげたいのです」


「そんな器用なことができるのか?」


「できると思います」


ケイスはにこりと笑った。


「黒竜に戻ったレグニアと、フェンリルが兵の前に並んで立つ。それだけで恐怖するはずです。少し脅かすだけで、逃げ出すと思います」


沈黙が落ちた。


そしてレグニアが、わずかに口元を緩めた。

「……なんだか面白そうだな」


「兵は殺さないこと。辺境伯領をひとが住めなくなるほど壊さないこと。この二つだけは約束してくれますか」


「わかった」

フェンリルが静かに頷いた。


子供がケイスを見上げた。

「……おにいちゃん、助けてくれてありがとう」


ケイスは思わず笑った。

「どういたしまして」


***


夜明けとともに、辺境伯領の空が白み始めた。

ノルド王国軍の野営地に、異変が起きた。


「何だ……何かいるぞ!」

見張りの兵が叫んだ。


朝霧の中から、二つの影が現れた。

一つは漆黒。

一つは白銀。


黒竜と、白銀の巨狼。

二体の神獣が、並んで野営地へと向かってくる。


「て、敵襲――!」


「待て、あれは……あれはいったい……!」


ノルド王国軍の将兵たちが、一斉に動きを止めた。

裏切り貴族の兵を含め、五千の兵が、言葉を失って立ち尽くした。


***


フェンリルが地に踏み込んだ。

次の瞬間、天が割れるような轟音とともに、巨大な雷が地表へと落ちた。

ただの雷ではない。フェンリルが全力で放った神獣の雷魔法だ。


地面が爆発したように吹き飛び、直径数十メートルの大穴が開いた。

砂埃が煙のように舞い上がり、衝撃波が野営地全体を揺らした。

その穴の縁で、フェンリルが静かに立っていた。


「次はお前たちだ」

低く、静かな声だった。


それだけで、前列の兵たちが一歩後退した。


続いて、黒竜レグニアが口を開いた。

漆黒の炎が、静かに溢れ出した。


大地に触れた黒炎は、土を溶かし、岩を砕き、まっすぐに山岳地帯へと向かって深い溝を刻んでいく。長さは数百メートルにわたり、まるで大地に傷を入れたかのようだった。


「…………」


五千の兵が、全員沈黙した。


「逃げろ!!」

誰かが叫んだ。


それが合図だった。


数千のノルド王国兵が一斉に踵を返し、山岳地帯へと向かって走り出した。隊列も規律も消え去り、ただ逃げることだけを考えた敗走だった。


裏切り貴族の軍は、行き場を失ったまま立ち尽くしていた。


***


しかし、意志を持って動かない者たちがいた。

黒い鎧を纏った一団――魔法騎士団だ。


その隊長が、フェンリルへと声を投げた。

「フェンリルよ! 王城にはまだお前の子供が残っている! 我らが命令すれば、今すぐ殺せるのだぞ!」


野営地が、しんと静まり返った。

フェンリルがゆっくりと振り返った。


その目が、変わった。

怒りでも、悲しみでもない。

もっと深い、冷たい光だった。


「子供は……ここにいる」


フェンリルの足元から、白銀の子供が姿を現した。

隊長の顔から、血の気が引いた。


「そして」


フェンリルの声が低くなった。

「我の子供を道具として使おうとした者を、我は絶対に許さない」


魔法騎士団が一斉に魔法を発動した。

炎、氷、雷、風――あらゆる魔法がフェンリルへと向けられた。


フェンリルは動じなかった。

放たれた魔法が、すべてフェンリルの体に吸い込まれていく。


「我に、おもちゃのような魔法など意味をなさない」


フェンリルが深く息を吸った。

「返してやろう」


次の瞬間、吸収したすべての魔力が、凝縮されて解き放たれた。

光が弾けた。


魔法騎士団が、残らず吹き飛んだ。

静寂が戻った。


***


その光景を、遠くから見ていたアーサー王国軍の将兵たちは、誰も声を発せなかった。


ノルド王国兵を追い払い、魔法騎士団を壊滅させた二体の神獣が、今度はこちらへ向いている。


「ど、どうすれば」

ブルーノが小さく呟いた。


「たぶん大丈夫だ」

ケイスが答えた。


「でも陛下……あれが敵に回ったら、我らは……」

「一刻も早く撤退命令を!」

フィオラが慌てて進言した。


二体の神獣が、アーサー王国軍の前で静かに立ち止まった。

全員が息を呑んだ。

しかし次の瞬間、二体は静かに空へと舞い上がり、そのまま北へと消えていった。


ノルド王国の王都へ向かったのだ。

残された野営地には、砕けた地面と、消し炭になった跡と、静寂だけが残っていた。


ブルーノが長い息を吐いた。

「……幸運の王に仕えるとは、こういうことなのか」


「たまたま、こういう幸運が訪れる」

ケイスが短く答えた。


ケイスの足元では、白銀の子供がじゃれついていた。


(フェンリルに念話で「しばらく預かっていてくれ」と頼まれたのだが……可愛すぎる)


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