第92話 地竜の名を知る者
「た、大変です! レオナ様とディアナ様が、戦っておられます!」
廊下を駆け抜けてきた兵が、慌てふためいた様子で報告してきた。
「なんだと……! 何があったのだ。場所はどこだ?」
「練武場です!」
「すぐに行く。……あれ、レグニアはどこだ?」
「練武場で戦いを観戦しておられるようです!」
嫌な予感が走った。レオナは武勇に優れる。
ディアナはソレイユ領の総督の娘、武術の嗜みがあるのかもしれないが、ケガでもしたら大変だ。
なぜそんなことになったのだ!
いきなり戦うなど、穏やかなことではない。
***
俺は急ぎ足で練武場へと向かった。
扉を押し開けた先、広々とした土の舞台の中央で、レオナとディアナが木剣を交えていた。
周囲を取り囲むのは、レグニア、ぽっちゃり剣士のブルーノ、小柄な槍使いのフィオラ、そして騎士団の連中だ。
誰も止めようとせず、真剣な眼差しで戦いを見守っている。
「これは、どういう状況だ」
小声で呟くと、近くにいたブルーノがにやりと笑った。
「陛下、ご心配なく。これは決闘ではありません。技の見せ合いです」
なるほど、互いの力を認め合うだけの模擬戦というわけか。
そのとき、ディアナがレオナに向かって声をかけた。
「レオナ様、木剣に"気"を込めて打ち込むのは危険です」
「では、どうしましょう?」
「木の棒を、地面に深く刺してください」
「これでいいかしら?」
「では、いきます」
次の瞬間、ディアナの木剣に淡い光が宿り、しなやかに振り下ろされた。
――バキィッ!
木の棒が、鋭い音を立てて砕け散った。
「な……っ!」
観客からどよめきが上がる。
レオナは目を見開き、砕け散った場所を確認している。
「すごいわね……これは一体どういう技なの?」
「父が治めていた領地には、"気"の達人と呼ばれる師匠がおられます。父上の騎士団も私も、その方から教えを受けました。いまのは、大地から集めた気を木剣に少しだけ練り込んだだけです。気を手刀に練り込めば……手刀でも同じことが可能になります」
「なるほど……。それは、誰でも習得できるものなのかしら?」
「いいえ。師匠が"相応しい"と認めた者だけが、特別に与えていただける能力です」
場が静まり返る。誰もがディアナの力を認めざるを得なかった。
その時、観戦していたレグニアが興味深そうに身を乗り出した。
「その師匠とやら、名をガイアスと名乗っていなかったか?」
ディアナは驚いたように目を見開き、深く頷いた。
「はい、まさにその通りです。レグニア殿、よくご存知で」
レグニアは、しばらく黙って考えこんだ。
(地竜のガイアスは私よりも長く生きているはずだ。地中の気の流れを整えているドラゴンだ。人間の中では地中の気の流れのことを、龍脈と呼んでいたりするな)
(しかしガイアスが、ひとと関わりを持つことなど、ありえないはずだ)
その場の空気が張り詰める。
「エクリプス家は、ガイアスとどういう関わりがあるのだ?」
ディアナは少し言いよどんだが、やがて真剣な表情で答えた。
「エクリプス家の先祖の一人が、大地の神獣・ガイアス様と親しくされていたそうです。その先祖様は領民から、"神獣の使徒様"と呼ばれていたとか……」
(のんびり暮らしたい俺にとって、使徒や神獣の登場は避けて通りたい)
レグニアはしばらく沈黙した後、低く呟いた。
「……なるほど。興味深い。後でその場所を教えてもらえるか?」
「お会いになるのですか?」
「ああ。知らない仲ではないからな。久方ぶりに顔を合わせるのも悪くない」
ディアナは嬉しそうに頷いた。
「その際は、ぜひ私もご一緒にお願いします。ケイス様の妻となったことを報告したいのです」
「ふむ。良かろう」
そのやり取りに、レオナが身を乗り出した。
純粋な好奇心と、少しの対抗心が入り混じったような顔だった。
「その場に私も同席させてください。そのような達人であれば、ぜひお会いしたいです」
俺も手を挙げる。
「妻が二人も行くのなら、私も一緒に行かないわけにはいかないな」
すると脇で聞いていたノエリアとエリュシア、騎士団連中までもが、「私も……」「私も……」と声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いきなり、そんな大勢で押しかけるのは、さすがに失礼になるからな」
最終的に、今回は俺とレオナ、ディアナ、それにレグニアだけが行くことになり、他の者には遠慮してもらうことで話をまとめた。
***
その後もしばらく、練武場では木剣を交えた稽古が続いた。
「すげえ、こんな戦い見たことねえ」
ブルーノは大声で感嘆していた。
「気の使い方を身につければ、私もさらに高みを目指せそう!」
フィオラは目を輝かせ、興奮を隠せずにいた。
騎士団の連中も口々に感嘆の声を漏らし、ディアナへの見方が一変したのがよくわかった。
やがて稽古が終わり、二人が礼を交わすと、練武場全体に温かな拍手が沸き起こった。レオナも微笑んでディアナに手を差し出し、二人は固く握手を交わす。
――こうして、新たに妻となったディアナは、確かに周囲にその存在を認めさせたのだった。
レオナとディアナが並んで立っている姿を見て、俺はそっと息を吐いた。
(これで、四人がうまくやっていってくれれば、それだけで十分だ)
(厄介事は嫌だけど、地竜ガイアス。大地の気を操る存在か。興味あるな)




