第87話 大地が、生き返った
「レグニアとともに、各地を瞬間移動して見てきました。この国の耕作できる土地は、王が言われたように三割ほどかもしれませんね」
謁見の間に立った俺は、率直に報告した。
目の前に座るレオナルド王の表情が、一層曇る。
「レオナルド王、放っておけば民が飢えます。ひとにとって飢えることほど辛いものはありません……いずれ大規模な暴動が起こるでしょう。そうなれば畑はさらに荒れ、最後には国そのものが滅んでしまいます」
その声は重く、謁見の間にいた重臣たちの胸にも突き刺さった。
沈黙を破ったのは、レオナルド王だった。
「アーサー王。この国を、この国の民を……どうか救ってください」
深く頭を垂れるレオナルド王。
王としての体裁など、もはやどうでもいいという姿だった。
俺はしばし考え、やがて口を開いた。
「わかりました。やってみましょう。ただし、一つ問題があります。私がいきなり村に現れても、農民たちは疑うでしょう。説明して回るだけでも、膨大な時間がかかってしまいます。どこへ行っても顔が知られていて、信頼されているひとはいませんか」
「それならば、ヴィクトール・エクリプス元子爵がいい。いやエクリプス子爵だ」
レオナルド王は迷わず答えた。
「父ライオネルが重税を課した際、ただ一人公然と反対し、子爵位を取り上げられた男だ。信念のひとだ」
レオナルド王は少し間を置いてから、続けた。
「……彼は領地を失った後も、逃げてきた農民を自らの森に匿い、守ってきた。民の間で彼の名は、聖人のように語られている」
「なるほど……だから"教団"と呼ばれるようになったのですね」
「本当は教団などではない。ただ、農民が彼を敬い、感謝し、慕った結果に過ぎないのだ。彼ほど適任な者はいない」
「では、そのエクリプス子爵を呼んでください」
ほどなくして謁見の間に現れたのは、背筋を伸ばした壮年の男だった。
深い皺を刻んだ顔は厳しくも温かく、まさに「不屈」という言葉が似合う。
「かねてよりお話していた、幸運のひと・アーサー王が来てくださいました。アーサー王と各地の村を回っていただけますか」
レオナルド王の言葉に、エクリプス子爵はひざまずき、力強く頷いた。
「この国のためになることなら、何でも」
それだけだったが、その言葉に揺るぎない意志が宿っていた。
***
「宮殿に麦の種はありますか? あるなら大量に用意してください。もし不足するようであれば、我が国から運びます」
「種だけはなんとか確保しております。それがなければ、もはや復興の手立てすらありませんから」
「荒れ地を蘇らせる作業は、王宮の近くから始めましょう。ただし畑を元に戻しても、放置すれば再び荒れます。蘇った畑には速やかに農民を送り込み、すぐに種を撒いてもらわなければなりません」
俺は続けた。
「畑を修復する村の順番を決め、そこに農民と種を送る計画を急いで立ててください。私はその順番に従って、エクリプス子爵とともに瞬間移動しながら農地を蘇らせます」
レオナルド王が立ち上がると、謁見の間がにわかに動き始めた。
エクリプス子爵が中心となり、重臣たちが次々と動き出した。
「では、三日後にまた来ます。その間に、村の順番と農民の手配を整えておいてください」
レオナルド王は深く頷いた。
俺とレグニアは一度、アーサー王国へ戻ることにした。
***
三日後の朝――。
俺とレグニアが謁見の間に現れると、すでに王と重臣たち、そしてエクリプス子爵が待っていた。
部屋全体に、張り詰めた空気が漂っている。
「最初に行く村はどこですか。エクリプス子爵、その村の位置を思い浮かべることができますか」
「もちろんです」
「レグニア、それで移動できるか」
「……任せろ」
それだけで十分だった。
俺とエクリプス子爵は、レグニアの手に触れた。
次の瞬間、光が三人を包んだ。
***
次の瞬間、荒れ果てたオルバ村の入口に立っていた。
農民たちがすでに集まっており、俺たちの姿を見た瞬間、どよめきが起きる。
「エクリプス家の当主、ヴィクトール様だ……」
「幸運のひと・アーサー王様が、本当に来てくださった」
「どうか……この村をお救いください」
人々は涙を流しながらひざまずいた。
俺は深く頷き、畑の中央へと歩を進めた。
ひび割れた大地。
風が吹き抜けるたびに、砂埃が舞い上がる。
俺は両手を大地に向け、スキルを発動した。
『大幸運60%』
眩い光が地表を覆い、乾き切った土に沁み込んでいく。
瞬く間に黒々とした肥沃な大地へと姿を変え始めた。
荒れ地だった畑が、みるみる蘇っていく。
「おお……」
「大地が、生き返った」
「奇跡だ……」
声が、次々と重なった。
農民たちは互いに抱き合って涙を流した。
ある老婆は震える手を伸ばし、大地を掴んで口に運ぶ。
「柔らかい……生きた土の味だ……」
若者が膝をつき、俺に深々と頭を下げた。
「アーサー王……このご恩は一生忘れません。この畑を必ず守り抜きます」
エクリプス子爵は、しばらく黙って大地を見つめていた。
その目が、潤んでいた。
農民たちはすぐに種袋を抱え、畑へ散っていった。
麦の粒が次々に播かれ、土に包まれていく。
他にも豆や根菜の種が用意されており、彼らは一心に撒き続ける。
土を踏む音と、種を撒く音だけが、静かに続いていた。
(これを、村ごとにやっていけば――必ず、この国は救える)
「次の村へ」
俺がそう告げると、エクリプス子爵は静かに頷き、レグニアの手に触れた。
俺もその手に触れた。
光が、再び三人を包んだ。




