第85話 ソレイユ王国の真実
レグニアが長旅を終えて、フォルトゥーナ宮殿へ戻ってきた。
さすが黒竜、旅の疲れなど微塵も見せていない。
俺たちは宮殿の応接間に集まり、レグニアの報告を聞くことにした。
「おかえり、レグニア。ご苦労さまでした」
「……いろいろと見えてきたぞ。面白い旅だった」
レグニアはそう言い、用意された水を静かに飲んだ。
「それで、旧ソレイユ王国の状況はどうだった?」
俺がそう問うと、全員がレグニアの話に集中する。
レグニアはしばし黙考してから、ゆっくりと語り始めた。
「結論から言えば、ソレイユ王国は滅びていない。……正確には、もとの王・ライオネルと悪徳貴族が排除されただけだ。新たに王位に就いたのは、ソレイユ王国の第三王子――レオナルドという若者だ」
「第三王子が……どういうことだ」
俺は首を傾げた。妻たちも顔を見合わせ、戸惑いを隠せない。
「その第三王子というのは、どんな人物なんだ」
「父王とは正反対の性格だ。正義感が強く、民を大切にする。民からの信頼も厚く、広く尊敬を集めている」
「レグニア、もう少し詳しく話してくれないか。状況が飲み込めない」
「そうだろう。私も最初のうちは混乱した。だが調べるにつれて見えてきたのは――ライオネル王が、どうしようもない強欲な王だったということだ」
レグニアは声を低くした。
「ライオネルは民から税を搾れるだけ搾り取ろうとしていた。民の暮らしなど一切顧みず、ただ金と権力を肥大化させることだけに執着していたのだ」
ノエリアの顔が曇り、エリュシアは静かに目を伏せた。
「……それで民が幸せになれるはずがない」
***
「我らが耳にしていたのは、"エクリプス教団"、"異形の神・ザルヴァナス"、そして"シャドウクライ"という名前だったはずだ。順を追って説明する」
レグニアの言葉に全員が耳を澄ませた。
「まず実態から言えば、"エクリプス教団"というものは存在しない。重税に苦しんで逃げ出した農民たちが、エクリプス子爵を頼って集まっただけにすぎない。子爵の騎士たちが彼らを守っていた。それが"シャドウクライ"の正体だ」
全員が黙って聞いていた。
「次は"ザルヴァナス"だ。逃げてきた農民たちが拠り所にしたのが、豊作を願う民の祈りが形になった神・ザルヴァナス。異形でも邪神でもなく、ただの願いの象徴にすぎない」
「……すべて嘘だったということか」
俺は思わず身を乗り出した。
「ライオネル王は、この騎士たちが驚くほどの強いことに目をつけた。暗殺集団として思い通りに使おうと、子爵を騙して牢に監禁した」
レグニアが続けた。
「そして宣伝と依頼料を跳ね上げるため、"異形の神ザルヴァナスを祀る怪しげな教団の暗殺集団シャドウクライ"という虚像を作り上げた。すべてがライオネル王の手による虚構だったのだ」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……なんてことを」
ノエリアが苦しげに息を吐いた。
レオナが静かに、しかし確実に怒りを滲ませながら言った。
「農民たちが逃げ出したのは、王が重税を課したせい。逃げ出した農民たちを助けた子爵を人質にして、騎士たちを暗殺集団に仕立て上げる……」
拳が、震えていた。
「金さえ手に入れば、なにをしてもいいということ? 恥という概念すら持ち合わせていなかったのね」
「その通りだ」
レグニアが重々しく頷いた。
「とんでもない王だ。それが、ソレイユ王国の真実だ」
レグニアが続けた。
「だが転機が訪れた。牢に閉じ込められていた子爵を、第三王子レオナルドが救い出したのだ。子爵は、騎士たち農民たちと共に王に反旗を翻した。長年重税に苦しめられていた国民や、心ある貴族たちも一緒に立ち上がり、総反乱となり、ライオネル王は討たれた」
「第三王子が頑張ったおかげで、国民が救われたのね」
レオナが静かに言った。その目に、同じ王族として何かを感じ取っている色があった。
「そうなると、あのとき……。セレーネ元王女は、ライオネル王と一緒になって、国民を苦しめていた貴族たちを引き取れと言っていたわけだな!」
俺も妻たちの表情が厳しくなる。
「どこの国も、似たようなことを繰り返すものね」
レオナが静かに言い、ノエリアとエリュシアも頷いた。
***
レグニアがさらに口を開いた。
「問題は、重税のせいで農民たちが畑を放棄し、国土が荒れ果ててしまったことだ。耕作放棄された農地は雑草に覆われ、今では荒野と化している」
俺は眉間を押さえた。
「……ひょっとして……俺に来てくれという話になっていくのか」
「……察しが早いな」
レグニアが静かに言った。
「レオナルドはこう言った。"もし幸運のひと・アーサー王が、荒れ地を豊かな畑に蘇らせることができるなら、アーサー王にソレイユ王国を託したい"と」
「……早い話が、また丸投げしたいということか!」
俺は思わず天を仰いだ。
三人の妻が顔を見合わせた。
レオナが静かに口を開いた。
「行くのですか?」
ノエリアは何も言わなかった。
ただ、俺をまっすぐに見ていた。
エリュシアは小さく微笑んだ。
「……行くのでしょうね」
(まったく……のんびりさせてくれないな)




