第81話 安らげる場所が、必要なんだ
フォルトゥーナ宮殿の執務室。
「王都の街づくりについて、皆の意見を聞きたい」
セレーネの件が片付いたところで、俺は妻たちも呼び、四人の専門家と共に王都建設の会議を開いた。
「ところで、ソレイユ王国のセレーネ王女とは、どのような人物だったのだ?」
俺の問いに、四人は顔を見合わせ、同時に渋い表情をした。
ドルードが静かに口を開いた。
「……率直に申し上げますと、あのお方は民のことをまるで考えておりませんでした。豪奢な宮殿や宴ばかりに金を費やし、必要な設備建設が遅れに遅れました」
マルサンは少し間を置いてから言った。
「財務の帳簿をごまかし、無駄な浪費ばかりされていました」
エスヴァンは静かに笑った。その笑みに、長年の苦労が滲んでいた。
「"血筋の卑しき者らとの話し合いには出たくない"と、苦労して設けた交渉の場を何度もつぶされました」
トゥーレは言葉を選ぶように、ゆっくりと話した。
「高価な香料や宝飾品ばかり買い求め……その一方で、飢える民をまったく顧みませんでした」
四人の声を聞いた瞬間、俺は机に突っ伏した。
(……四人がこれだけ口を揃えるとは。セレーネの件は、完全に終わりにしよう)
机から頭を上げ、四人を見渡した。
「……よし。話を聞けて良かった。では本題に入ろう」
***
「王都の街づくりについて、皆の意見を聞きたい」
俺は広げた地図の上に木片を並べながら、王都全体の構想を語り始める。
すでに住民は少しずつ集まり、街の輪郭は形を取りつつある。問題は、その中心をどう定めるかだった。
王都の中央は広々とした公園にして、民が憩える場としたい。
さらにその一角には、庶民が自由に店を出せる市場のような空間を設けるつもりだ。
イメージとしては、グレイス王国の王都に近いものになるだろう。
「やがて人口が増えれば、屋外で音楽を楽しめる場や芸術を展示できる広場など、多目的な文化施設も整えていきたいと思う」
レオナが静かに言った。
「面白い構想ですね。ただ、国民がそれを楽しめるようになるには……まず国を豊かにしなければなりませんね」
「そういうものを国民が楽しめるように、皆で協力して国を豊かにしていこう。それと、良さそうな場所に教会を建てたいと思っている」
敬虔な信者でもない俺が教会を建てると言い出したので、三人は意外そうに顔を見合わせた。
「教会……ですか」
三人の声が、ほぼ同時に重なった。
「ああ。このフォルトゥーナ宮殿は、もと神殿だったことは話したよね。その神殿におられたのがヴェリル様という神様だ。この神殿に住まわせていただいている以上、ヴェリル様を祀る教会を建てるのが筋だと思っている」
ノエリアは胸に手を当て、しばらく黙っていた。
「……聖女でありながら、気づきませんでした」
レオナも視線を落とした。
「神殿に住まわせていただきながら、その思いを持たなかったのは恥ずかしいことです」
エリュシアは何も言わず、ただ静かに頷いた。
「ヴェリル様を祀る教会を建てて、そこにノエリアという聖女がいてくれれば、この王都に住む人々にとって心の拠り所になるはずだ」
「お任せください」
ノエリアが静かに、しかし力強く言った。
三人が、同じように頷いた。
三人の話が一段落したところで、今度は四人の専門家に目を向けた。
四人の新しい仲間たちも、それぞれ口を開いた。
ドルードが地図を指さした。
「宮殿から王都の中心部へ続く大通りは、馬車が二台並んで走れる幅を確保するべきです。将来、交易が盛んになれば物資の輸送量が増えます。今のうちに道幅を広く設計しておかないと、後から直すのは難しい」
マルサンが静かに付け加えた。
「建設にかかる費用は、段階的に分けた方が財政への負担が少ない。一度に全部造ろうとすると、必ず資金が底をつきます」
エスヴァンは腕を組んだ。
「他国の使節を迎える迎賓館も、早めに用意しておいた方がよろしいかと。国交を結ぶ際、相手国に粗末な印象を与えるのは得策ではありません」
トゥーレは少し身を乗り出した。
「市場の近くに加工場を作れば、農産物をその場で加工して売れます。農民の収入が増え、市場も活気づきます」
俺は四人の顔を見渡した。
(……頼もしい。本当に、よい人材が揃った)
***
その日の夜、さっそく俺は意識を集中させ、神様へ呼びかけた。
『ヴェリル様。もしお聞き届けいただけるなら……』
『おぉ、ケイス。王都の建設、順調そうだね。アーサー王国の民は幸福を感じているようだ』
『実は……ヴェリル様を信仰する教会を建てたいのですが、いかがでしょうか』
『なに……本当か。それはうれしいな』
声のトーンが、少し変わった気がした。
『実はな……この世界は、前任の神様から私が引き継いだんだ。本来なら、この世界の教会は、私を信仰対象に切り替えるべきなんだよ。でも……"私が新しい神になりました。よろしく"なんて、神の口から言うのは変だし、格好悪いだろう』
『……まあ、確かにそう思います。信仰は自然に芽生えるものですから』
『その通りだ。だからこうして、この王都の人々から、自然と私を信じ始めてくれるのが理想なんだよ。ケイス、君は話が早い。助かるよ』
(……声が弾んでいる。喜んでいただけたようだ)
『教会に、神様の像を祀りたいのですが、見本をいただけないでしょうか』
『これを参考にしてくれ』
気づけば、俺の手のひらに小さな像が現れていた。
それは転生の時に一瞬だけ見えた、あの姿だった。
『この像を基に、もっと大きなものを作ります。大きさの希望はありますか』
『ケイスに任せよう。……私も、やる気が出てきたぞ』
『ただし、先輩神様の教会より派手にはしないでくれ。質素なくらいがちょうどいい』
『承知しました』
『では、頼んだよ』
***
翌朝――
俺は妻たちに、昨夜のヴェリル様とのやり取りを報告した。
「ケイス様……そんなに気軽に神様とお話できるのですか? やはり使徒様……」
ノエリアが感動のあまり膝を折ろうとする。
それにつられて、レオナもエリュシアも片膝をつきかけたので、慌てて止めた。
「待ってくれ。たまたま声が届いただけで……」
「ただし"質素に"との要望だ」
俺は懐から小さな像を取り出した。
「それと……これをノエリアに預けたい。ヴェリル様から直接いただいた像だ」
「ヴェリル様から、直接……」
ノエリアはしばらく像を見つめ、静かに両手で受け取った。
「後のことは、すべてお任せください」
「……ケイス様らしい話ね」
レオナが静かに言った。その目が、柔らかかった。
エリュシアも柔らかく微笑みながら続けた。
「ヴェリル様に選ばれたケイス様を、どこまでもお支えいたします」
ノエリアもレオナも、黙って頷いた。
言葉はなかった。それで十分だった。
俺は三人の顔を見渡し、小さく息をついた。
(思っていた暮らしとは、だいぶ違う。だが、不満はない)
***
王都の中央部からやや宮殿寄りの場所に、教会の建設が進められた。
城下町の人々も、その様子を興味深そうに見守っていた。
木材を基調とした温かみのある外観。
高くそびえる尖塔はなく、壁面には庶民が気軽に腰を下ろせる縁側のような板張りが設けられていた。
子どもたちは楽しげに走り回り、母親たちは安心したように腰を下ろす。
内部に設けられた祭壇の上には、優しげな笑みを浮かべた高さ一メートルほどのヴェリル神の像が鎮座していた。
「まあ……なんて素敵な」
女性たちの声が、自然と重なった。
(……ヴェリル様、評判は上々のようです)
完成した教会は、豪奢さとは無縁だった。
だが、市民にとっては親しみやすく、自然と足を運びたくなる空間となった。
「これなら……本当に人々の拠り所になるわね」
レオナが静かに微笑んだ。
ノエリアは祭壇の前に立ち、胸に手を当てた。
「聖女として、誇りを持って仕えます」
エリュシアは教会の壁にそっと触れた。
「エルフの森にも似た温もりを感じます」
俺は胸の奥で静かに頷いた。
(民に必要なのは、権威を誇示する教会ではない。安らげる場所、救いを求められる場所……そういうものだ)
夕暮れ時、教会の鐘を試しに鳴らすと、王都の人々が自然と集まり、笑顔で祭壇に手を合わせた。
その光景を眺めながら、俺は心の中でつぶやいた。
(ヴェリル様、これでよかったですか)
すると、風に乗って小さな声が届いた気がした。
『……ああ、これでいい。ありがとな、ケイス』
思わず笑みがこぼれた。
夕暮れの鐘の音が、王都にゆっくりと広がっていった。




