第75話 小さく始めて、着実に育てる
アーサー王国ができたといっても……実態はまだ何もない。
三国の王たちから建国の許しを得ただけの話だ。
国の主要メンバーといえば――
国王となった俺と家族、叔父アーネストの一家。
父が治めていたアーサー領の事務官が十数名、リューベリアで叔父が雇っていた数名の事務官たち。
小国とはいえ、これでは国と呼ぶには程遠い。
我ながら、妙な成り立ちだと思う。
ただ、心強いこともあった。
騎士団長グレンが王の許しを得て、直属の部下十名とともに臣下として常駐してくれることになったのだ。
さらに、エルディア国からはエリュシアの護衛であるルーナとナディアも臣下となった。
国を動かすメンバーは少ないが、国民そのものは着実に増えていた。
旧フェルデリア領から逃げ去っていた人々だ。
荒れ地が豊かな畑に変わったことを知り、次々ともとの村へ戻り始めている。
さらに「幸運の領主が王になった」という噂を聞きつけて、他領からも農民や商人、職人たちが流れ込んできている。
人材が少ないといっても、何もしない臣下は要らない。
国民が生み出した富を食いつぶすだけだ。
本当に必要なのは、国を動かす知恵を持つ者、国を富ませる知識と技術を備えた人材だ。それだけが、この小さな国を本物にする。
***
国が決まって、最初の会議を開いた。
とはいっても、重々しい会議というより、家族会議に近い雰囲気だ。
俺は集まった顔ぶれを前に言った。
「せっかく新しい国を作るのだ。他国と同じ形にする必要はないと思っている」
「作りたい国を作ればいい」
レオナが静かに言った。
エリュシアとノエリアも、同じように頷いた。
「まず、貴族は置かない」
普通なら居並ぶ貴族たちがざわめく展開になるのだろうが、ここには家族と親しい仲間しかいない。反対する者などいるはずもなかった。
「世襲した無能な貴族が幅を利かせ、各地で民を不幸にしてきたのは散々見てきただろう。旧フェルデリア領しかり、ルクシオン王国しかりだ」
続けて説明する。
「アーサー王国では、領地持ちの貴族は作らない。すべて俸給制にする。能力に見合った職を与え、職に見合った給与を支払う」
思い切った案に、皆が目を見開く。
その中で、父がいち早く口を開いた。
「ケイス……いや、今は国王と呼ぶべきか」
父は少し笑い、続けた。
「私もそう思う。長くグレイス王国で貴族をやってきたが、この国を駄目にしているのはまさにその貴族制度だと感じていた。優秀で立派な貴族が生まれ続けるはずがないのだからな」
ノエリアが微笑んだ。
「そうすれば、腐敗した権力に苦しむ人々がいなくなりますね」
「責任と実力を持つ者だけが然るべき職に就く。理想的ね」
レオナも頷く。
エリュシアも感心した様子で言う。
「エルフの社会に似ていますね。私たちも血筋より能力を重んじますから」
「ただし、このやり方は国王の子供、孫が、代々優秀でないと成り立たない。王が中心となって国を動かす形だからな。まあ、小さな国だからそれでいいのかもしれない」
子供と聞いた瞬間、三人の顔色が変わった。
レオナの頬が赤くなった。
「……優秀な子を、産まなくては」
ノエリアも俯いた。
「聖女の力が受け継がれれば……」
エリュシアだけが、少し首を傾げた。
「エルフとひとの子は……どうなるのかしら」
「……会議を続けよう」
俺は咳払いをして、気を取り直した。
(とにかく、今すぐに必要なものが一つあるのだ……)
――それは宮殿だ。
***
「貴族はいらないが、王宮は必要だ。"王はここにいる"と、周囲の国に示す建物だからな」
俺は地図を広げた。
「グレイス王国の王都は、主要な街道が交差する場所に作られている。交通の要衝としてひとと物が集まる場所だ。アーサー王国も同じ考え方でいい」
父が静かに頷いた。
「確かにそうだ」
「グレイス王都から西寄り、ルクシオン王国とエルディア国の王都を結ぶ街道沿いに王都を作るべきだ。王都にはひとがたくさん住んでもらいたい。そうなると必要になるのは水だ」
俺は地図の一点を指した。
「この小さな湖のほとりが最適ではないかと思う。湖から水を引き、堀を作れば王宮と王都の防御力も増す」
皆の視線が、地図の一点に集まった。
「ただし――問題は建築費だ」
俺は深くため息をついた。
(どこから出すんだ……)
「天恵領の薬工房の収益と、旧フェルデリア領の復興が軌道に乗り始めた税収がある。それと……エルディア国とのポーション取引も始まっているな」
ガルドの顔が浮かんだ。
「……足りるのでしょうか」
グレンが遠慮がちに問う。
「到底足りない」
俺は即答した。場が静まり返る。
「だから――まず小さく作る。王宮と呼べる規模でなくてもいい。国の中心となる建物があれば十分だ。国が豊かになれば、少しずつ広げていける」
父が静かに頷いた。
「小さく始めて、着実に育てる。お前らしい考えだ」
(のんびり育てていければ……いいのだが)
そう思いながらも、俺は地図から目を離せなかった。




