第74話 まあ、悪くはない
俺は、フェルデリア領の端から端までひたすら移動して、バランススキルで荒れ果てた農地を耕作地に戻していた。
その村の数、数十を下らなかった。
同行していたのは、いつも通りの顔ぶれだ。レオナたち三人の王女に、レグニア、グレンと騎士たち、ルーナとナディア。
「ケイス、少し休んだらどうだ。二ヶ月近くも続けているぞ」
レグニアの声に、俺は力の抜けた笑顔で返した。
「あと少しで終わります……」
レオナが無言でケイスの隣に水の入った杯を置いた。
それだけだったが、十分だった。
結局、すべての村を回りきるまで二ヶ月まるまるかかった。
村人たちに感謝されるのはうれしい。
正直なところ、体はとっくに限界を超えていた。
***
ようやくアーサー侯爵邸に戻ってきた。
ソファに深く腰を下ろした。体が、沈んでいく気がした。
(そういえば……スキルのステータス、確認していなかったな)
「……ステータス表示」
呟くと、青白い光が浮かび、半透明のウィンドウが現れた。
【スキル:運のバランス】Lv.3
・幸運(特大幸運 使用可)
・不運(特大不運 使用可)
(……特大、だと。絶対に使ってはいけない類のものだ)
(Lv.4になったら……考えたくもない)
想像するだけで怖くなる。
(神様……これ、本当に大丈夫ですか)
一つの土地どころか、国そのものを巻き込みかねない規模ではないのか。
(危なすぎる。今は休もう。まったり、ゆっくり……)
そう決めて、うとうとした矢先だった。
執事が駆け込んできて告げる。
「ケイス様、王宮よりお呼び出しです。国王陛下から直々に……」
(……また、ですか)
父も共に呼ばれているという。
(のんびり休む間も、くれないらしい)
***
王宮――
そこは謁見の間ではなかった。
豪華ではあるが、どこか落ち着いた雰囲気の私的な王の応接室だ。
今日のアルベルト王は、王としてではなく、一人の父親の顔をしていた。
低く、しかしどこか穏やかな声で、王は言った。
「ケイス……お前に聞きたいことがある。レオナのことだ」
「どうするつもりなのだ。妻に迎える気はあるのか。お前の周りには、ルクシオン王国のノエリア王女、エルディア国のエリュシア王女もいると聞く。……もう一度問う。お前はどうするつもりだ」
「王としてではない。レオナの父として心配しているのだ」
王のまなざしが、じっと俺を射抜く。
俺は姿勢を正し、深く息を整えて答えた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。……正直に申し上げます。気持ちの整理が、まだついておりません」
王の眼差しがさらに鋭く光る。
「お前は、ルクシオン王国の王の就任にも深く関わっておる。世界樹の件ではエルディア国の危機を救った。これは並の人間には成し得ぬことだろう」
(……スキルがあったから上手くいっただけで、俺自身が何かを成し遂げた気は、正直あまりしないのだが)
「それでだ。ルクシオン王国の王と、エルディア国の女王とも相談した。ケイスよ――お前はフェルデリア領とアーサー領を一つにまとめ、アーサー王国として独立せよ。そして三人の王女を妻とし、そこの王となるのだ」
俺は言葉を失った。
レオナが妻に、というのは覚悟していた。だがノエリアとエリュシアまで、同時に、とは。
「グレイス王国、ルクシオン王国、エルディア国の三国を繋ぐ役割を担うに、相応しい男ではないか」
王の視線が父へ向く。
「アーサー侯爵、そなたはどう考える?」
父は一拍置き、深々と頭を下げた。
「良きお考えかと存じます。三国の王女を妻とし、アーサー王国が三国の平和の架け橋となる……これ以上の大義はございません」
「……父上まで。国を作るとなれば、どれほどの労苦が……」
「案ずるな。お前一人に背負わせるつもりはない」
父の目が、静かに笑っていた。
***
その後――
レオナ、ノエリア、エリュシアの三人が呼ばれ、応接室の奥で王から説明を受ける。
「もちろん、これは強制ではない。だが、三国の王が望んでいることだ」
レオナはしばらく黙っていた。やがて、静かに口を開いた。
「……ケイスが嫌でなければ、私は構いません」
最後だけ、少し声が小さくなった。
ノエリアは真っ直ぐ俺を見た。
「私はすでに決めておりました。聖女としてではなく、ケイス様のお傍にいたいと、そう思っております」
エリュシアはふっと微笑み、落ち着いた口調で言った。
「私は王女である前に、一人の女性として、ケイス様を慕っておりました」
俺は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。
(……本当に、こんな俺でいいのだろうか)
三人の顔を見渡して、ふと別のことが頭をよぎった。
(王になるということは……のんびり暮らすという夢が、完全に終わったということか)
***
応接室を後にし、俺は三人に囲まれながら王宮を出た。
レオナは真っ赤な顔で俯いたまま、それでも歩調だけは乱さなかった。
ノエリアは穏やかに微笑みながら、静かに俺の隣を歩いている。
エリュシアはどこか楽しそうに、王宮の空を見上げていた。
のんびり暮らしたかっただけなのに、気づけばここまで来てしまった。
三人の横顔を見て、俺は小さくため息をついた。
――まあ、悪くはない。




