第73話 気づけば、伯爵になっていた
馬を走らせ、猛スピードで王都へ戻ったグレンと騎士たちは、全身に汗を滲ませたまま王宮の門を駆け抜けた。
彼らの乗る軍馬はどれも鼻息が荒く、口元に泡を滲ませていた。
それだけ急ぎの報告であると、門兵たちにも伝わったのだろう。
制止もなく、すぐに王への謁見が許された。
「国王陛下、急ぎのご報告がございます」
謁見の間で跪いたグレンの声は、かすれながらも必死だった。
王の表情が険しくなる。
「申せ、グレン」
「王都で偽のポーションが出回っております。被害はすでに広がり、領民の健康を脅かす事態となっております。そして……背後には、フェルデリア領を引き継いだ領主たちがいる模様でございます」
王の目が、静かに細くなった。
「……フェルデリアの領主たちが」
グレンは続けた。
「さらに――調査のため、レオナ王女とアーサー子爵が現地へ向かわれました。このことが黒幕である領主たちの知るところとなれば、また王女が命を狙われる可能性も……」
王が立ち上がった。珍しく、素早い動きだった。
「レオナは余がもっとも頼りとする王女だぞ。アーサー子爵もまた、幾度も国を救ってきた男だ。この二人に何かあっては、我が国の大損失だ」
「偽ポーションの取締は別の者に命じる。王直属の騎士団より百名をお前に預けよう。グレン、貴様の任はただ一つ――疑惑の貴族を捕縛せよ」
「ははっ」
グレンは深く頭を下げた。
(王女様……必ずお守りいたします)
***
グレンは、アーネストのいるリューベリアへ向けて馬を駆った。
その背後を、百名の騎士団が遅れまいと追いかける。
騎馬の行軍は速い。街道の景色が後ろへ流れていく。
一糸乱れぬ百騎が街道を駆け抜ける様は、地を這う轟音のようだった。
風を切り裂き、土煙を巻き上げながら、グレンは先頭を走り抜ける。
やがてリューベリアの街に到着した。
アーネストから「ケイス一行はすでにフェルナードへ向かった」と知らされると、グレンは一息もつかず、再び街道へ馬を向けた。
(王女様……私の馬が……もつかどうか……)
しかしグレンの手綱を握る手は、一度も緩まなかった。
***
ダルコート伯爵の屋敷――
「わかりました、いったん屋敷を出ましょう」
レオナが小声で告げ、レグニアと共に玄関へ向かったときだった。
――ゴン、ゴン、ゴン。
玄関のドアが乱暴に叩かれる。
玄関の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「王都騎士団長グレンです。ダルコート伯爵、屋敷に入りますぞ」
ドアが開かれると同時に、鋭い気配が流れ込んできた。
そこに立っていたのは、鋼の鎧を纏ったグレン。
その背後には百名の精鋭騎士たちが、整然と並び立っている。
「レグニア、姿を戻してください」
レグニアが術を解くと、隠れていた二人の姿がふっと現れた。
ダルコート伯爵が息を呑んだ。
「グレン。部下を連れて入りなさい」
レオナが即座に命じる。
「レオナ王女……どうやら間に合ったようですな。王に事情を説明したところ、即座に直属騎士団を与えられました」
グレンはダルコート伯爵に鋭い視線を送った。
「……状況は把握しました」
「捕縛しなさい」
レオナが命じる。
ダルコート伯爵の顔色が一気に青ざめる。
「王女……い、いつからこの屋敷に……」
レオナは一歩前へ出た。その目に、笑みはなかった。
「ダルコート伯爵。話はすべて聞いておりました。偽ポーションの件も、ヴァルモンド公爵への賄賂も……」
「証人は薬屋の店主。帳簿も偽ポーションも、証拠は揃っています。観念なさい」
伯爵は顔を歪め、喉を絞るように言い放った。
「……こんな領地を押しつけたのはそちらではないか。それに……偽ポーションに関わっているのは私だけじゃない。隣のマルティオ伯爵、エルハルト伯爵も同じ穴の狢だ……」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
レオナは即座に振り返った。
「グレン、騎士団。聞きましたね。マルティオ伯爵とエルハルト伯爵も、王命により捕縛しなさい。薬屋の店主も連行し、帳簿と偽ポーションをすべて押収すること」
「はっ」
鎧のきしむ音が一斉に鳴り響き、百名の騎士が屋敷へと流れ込んだ。
抵抗を試みたダルコート伯爵も、グレン自らの剣を突きつけられ、力なく膝をついた。
***
こうして、フェルデリア領で悪事を働いた三人の領主――ダルコート伯爵、マルティオ伯爵、エルハルト伯爵は捕縛された。
賄賂を受け取っていたヴァルモンド公爵までもが連座で逮捕され、王都に大きな波紋が広がった。
フェルナードを発つ前に、俺はアーネスト叔父上に頼んでおいた。
「ダルコート伯爵たちが治めていた街に、緊急で食料を届けてほしいのです。このままでは領民が餓死してしまいます」
「承知しました。すぐに手配いたします」
アーネストはそう言いながら振り返った。
「ロイエル、お前も来い。働け」
「は、はい……」
ロイエルが慌てて立ち上がる姿に、セリナがくすりと笑った。
今にも倒れそうなほど衰弱した人々を、見捨てることはできない。
新たな領主が任じられるまでの間、俺が支援するしかないだろう。
***
そして数日後――。
俺は久しぶりにアーサー侯爵邸の執務室で、背もたれに体を預けていた。
ようやく一息つけると思った矢先、扉が開いた。
「ケイス」
レオナが入ってきた。
「フェルデリア領はすべて、あなたが引き継ぐことになりました」
「……つまり、また丸投げされたということですか」
思わず椅子から身を乗り出した俺に、レオナは続けた。
「ケイス、伯爵昇格です。おめでとう」
レオナの口元に、珍しく楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「ダルコート伯爵たちが治めていた街に、すでに食料を支援しているそうじゃないですか。さすがです」
「……素直には、喜べないのですが」
机に額をつけた俺の背中に、レオナの声が降ってきた。
「頑張ってください、伯爵」
こうして俺は、気づけば伯爵になっていた。




