第76話 幸運の宮殿
会議の場で、俺は続けた。
「こんな小さな国で、見栄えの良い宮殿を作れば財政は一気に傾く。そのために税を増やしたのでは、これまで民を苦しめてきた貴族と同じになってしまう」
「建設費の問題はあるが、まずは場所の確認と周辺の状況を視察しようと思う。レグニア、護衛を頼む」
「……わかった。私も確かめておきたい」
「私たちも行きます」
レオナが静かに言った。エリュシアとノエリアが、間を置かず頷いた。
「ただ視察するだけですが……」
「それでも、参ります」
ノエリアが静かに、しかし一歩も引かない顔で言った。
レオナもエリュシアも同じだった。
グレンが深く頭を下げた。
「では我ら騎士団もお供いたします。王妃様方の安全を守るのが務めですからな」
その後ろで、ルーナが静かに言った。
「もちろん私たちも」
ナディアが笑顔で続いた。
「……三日後に出発する。準備を頼む」
こうして、また賑やかな一行が動き出すことになった。
***
三日後――
俺たちは侯爵邸を出発し、件の湖へとたどり着いた。
夕陽が湖面を黄金に染め、波が静かに光を揺らしていた。周囲は森と丘に囲まれ、城を築くには理想的な地形だった。
レオナが湖岸に立ち、静かに周囲を見渡した。
「水も豊かで、土地も広い。王都を作るには確かに良い場所ね」
ノエリアも湖面に視線を落とした。
「何か……この湖、不思議な気配がします」
エリュシアも小さく頷いた。
「精霊の気配がある。古い場所ですね」
その光景を前に、ふと胸の奥に一つの考えが浮かんだ。
(荒れ地が薬草園に変わったあの時のように……大幸運を使えば、王宮が……できないだろうか)
我ながら、無茶な発想だとは思う。
だがこのスキルが常識を超えた奇跡を引き起こすのは、もう何度も体験してきた。
(やってみなければ、わからない)
俺は湖畔に立ち、目を閉じた。
『大幸運80%』
湖の底には、女神像があった。
ひとの背丈ほどの、両手を広げた像だ。
周囲から魚の大群が、女神の片方の手に向けて押し寄せる。
その勢いによって女神像がゆっくりと回転した。
――カチリ。
乾いた機械音のような音が、水中に響き渡る。
直後、湖と周りの地盤が地鳴りを上げた。
「……何が起きている」
グレンの声が、かすれていた。
湖面が揺れ、巨大な気泡が次々と浮き上がってきた。
やがて女神像が水中から浮上を始める。
それに呼応するように湖底から白亜の建物がせり上がってくる。
それは白い宮殿だった。
湖水をまといながら、石造りの宮殿と城壁がゆっくりと姿を現す。内部に溜まった水が轟音を立てて湖へ流れ落ち、堰を切ったようにしぶきを上げた。
やがて湖の中央に、堂々たる建造物が浮かび上がる。
宮殿の正面には大きな吊り橋が備わっており、軋む音とともに湖岸へと降りてきた。
騎士団から、誰かが息を呑む音がした。それだけだった。
(湖の底に、城が沈んでいたのか。大幸運80%とは……どこまで奇跡を起こすのだろう)
今回は、不思議と意識は保たれていた。
湖に映えるその姿は、まるで神々の神殿のようだった。
***
「橋を渡って中を確認しよう」
俺が声をかけると、レグニアが前に出た。
「まずは私が行こう。危険がないか確かめてくる」
「頼む」
レグニアは吊り橋を渡り、宮殿へと消えていった。
しばらくして、門のところにレグニアの姿が現れた。短く頷いて見せた。
「安全のようだ」
俺たちは息をのんで橋を渡り、城壁の内側へと足を踏み入れた。
そこには、年月をほとんど感じさせない壮麗な造りの建物が広がっていた。
白い石壁は太陽の光を浴びて輝き、荘厳な大広間には、先ほどの女神像が安置されていた。
「ケイス様……真っ白い宮殿……まるで神殿のようです」
ノエリアの瞳が潤み、言葉を震わせる。
「……アーサー王国の象徴として、十分すぎるわ」
レオナも静かに言った。
「……たまたま、運が良かっただけです」
俺は頭をかいた。それ以上の説明が思いつかなかった。
エリュシアは静かに微笑み、そっと呟いた。
「……これは、まさに"幸運の宮殿"と呼ぶべきでしょう」
「"幸運の宮殿"……」
レオナが静かに繰り返した。
その目が、初めて宮殿を見たときと同じ光を持っていた。
ノエリアも小さく頷いた。
「ふさわしい名前ですね」
俺は照れ笑いを浮かべつつ、周囲を見渡した。
「建物の中は水で濡れているし、細かい造作や掃除は必要だ。腕の良い職人が必要になるな」
グレンが胸を張った。
「職人を集め、宮殿の細工が終われば、続けて湖岸に王都を築きましょう」
ルーナが湖面を見渡した。
「ここが王都になるのですね」
ナディアはすでに岸の地形を眺め回していた。
俺は湖面に目を向けながら、胸の奥で静かに思った。
(……これでアーサー王国の象徴ができたが、本当の国作りはまだ始まったばかりだ)
少し離れた場所で、グレンが湖面を眺めていた。
(レオナ様が王妃になられたのだ。これからはさすがに、無茶な行動も減るだろう。私の胃も、ようやく休めるかもしれない……)
しかし次の瞬間、ケイスと三人の王妃が何やら楽しそうに言葉を交わしているのが目に入った。
(……いや。この方々が大人しくなる日など、来るはずがない)
グレンは静かに息をついた。
その横顔には、諦めとも誇りともとれる、騎士団長らしい表情が浮かんでいた。




