表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/76

第71話 人も街も、死にかけていた

二日後――


俺たちは、アーネスト叔父上に用意してもらった商人の装いを身につけ、行商人として、目的地フェルナードの街へ向けて出発することになった。


粗末な旅装束にマント、荷台にはいくつかの木箱を積んでいる。

中身はただの石ころと藁だが、外から見れば立派な交易品に見えるだろう。


屋敷の前ではアーネスト一家が勢揃いして見送ってくれた。

真剣な顔で叔父上が告げる。


「子爵、くれぐれもお気を付けください。二週間してもお戻りにならない場合には、兵を率いてフェルナードの街に押しかけます。馬車の御者には一番の力持ちを選んでいます。何でもお申し付けください」


「心配は無用です。護衛のレグニアは一騎当千の手練れ、エルフのルーナとナディアは弓の名手ですから」


俺が答えると、横でロイエルが羨ましげに呟いた。

「……あんな美女たちに囲まれて旅をするなんて……」


その瞬間、マリエルの扇子が音もなくロイエルの後頭部に落ちた。


「……痛っ」

ロイエルが頭を押さえながら情けない声を上げる。


セリナは口を押さえながら、それでも肩が小刻みに揺れていた。


「羨ましいなら、あなたも手柄を立てなさい。ケイス様をお支えするのがあなたの役目でしょう」

扇子を畳みながら、涼しい顔で言った。


(ロイエルくん……気を使う場面が多いとだけ、伝えておきたい)

俺は心の中でそう思いながら、馬車に乗り込んだ。


***


フェルナード領に入って数時間が経った――


街道を進むと、次第に景色が荒れていくのがわかる。

耕されることなく、雑草が伸び放題の畑が続いていた。


畑で作業する農民の姿などは、ほとんど見かけない。

たまに人影を見かけても、痩せこけ、今にも倒れそうな顔色をして座り込んでいる。


ある村に差しかかったときのことだった。

数人の男たちが、物陰から俺たちの荷馬車をじっと睨んでいた。

手には鍬や棍棒を握ってはいるが、力なく震えるばかりだ。


「……止めておけ」

レグニアが低く言った。それだけで十分だった。


ルーナとナディアが無言で弓を構えた。

だが男たちは数歩近づいたところで膝をつき、そのまま地面に座り込んでしまった。


「……もう、力が出ねぇ……」

「食い物……少しだけでいいんだ……頼む……この通り……」


まるで幽鬼のような声だった。


レオナが、固く拳を握った。

「……許せません。ここまで民を飢えさせて、領主はいったい何をしているのですか」


声は静かだったが、その奥に抑えきれない怒りがあった。


拳を震わせるレオナの背中を、ノエリアが静かに押さえる。

「……今は急ぎましょう。フェルナードで何が起きているのかを突き止めるのが先です」


俺は荷台から携行食をいくつか取り出し、男たちの前に置いた。

「今は急ぐ。だが、これを食べてくれ」


男たちが震える手でそれを掴むのを見て、俺は馬車に戻った。


(……やはり、ただ事ではない)


俺たちは馬車を走らせ続けた。


***


やがてフェルナードの街が視界に入る。

しかし、かつて交易の要所と聞いていたその街は、荒廃しきった姿をさらしていた。


街門は半ば壊れ、見張りの兵士はぼんやりと突っ立っているだけ。

風が吹いても倒れそうだ。


俺たちが通過しても動かない。

空腹で動けないのかもしれない。


中へ入ると、活気など一片もない街並みが広がっていた。

道の両脇には壊れて放置されたままの屋台。

倒れた桶が転がっている。


窓に板を打ち付けたまま閉ざされた、空き家らしき家が並んでいる。

たまに人影はあるが、皆痩せこけて骨と皮ばかり。


衣服はぼろぼろで、まるでスラムのような有様だ。

いや、それ以下だ。ひとも街も死にかけていた。


「……酷い」

ノエリアが顔を覆った。


「廃墟寸前ね」

エリュシアも眉をひそめ、それ以上言葉が出なかった。


だが、一箇所だけひとだかりができている場所があった。

街の中央にある一軒の薬屋だった。


「……あれだ」

俺は静かに言った。


薬屋の軒先では、痩せた男が小瓶を手に、列を作った人々に配っていた。


「今日はこれで終いだ。飲んだら一時間はここで休め。動けるようになったら、また明日来い」


列には母親に抱かれた幼子まで混じっている。


「街のひとたちはポーションが欲しいんじゃない。腹が減って、何でもいいから口に入れたいだけだ。甘い味でもつけて、飢えをごまかさせているんだろう」


レオナが、固く目を閉じた。

誰も、何も言わなかった。それで十分だった。


「レグニア、気配を消してあの薬屋に忍び込めるか」


「行ってくる」


「私も行きます」


レオナが静かに言った。有無を言わせない顔だった。

レグニアはしばらくレオナを見て、短く頷いた。


「……一人なら構わない」


***


薬屋の中――

レグニアとレオナは、気配を消したまま店の奥の物陰に身を潜めていた。


「親方……本当に、こんなことを続けていて大丈夫なんですか?」

店の奥で、若い弟子が不安げに声を潜めた。


親方と呼ばれた男は、深い皺を刻んだ顔をしかめ、苦々しげに吐き出す。

「仕方ねぇだろう。王都で売っていたポーションで中毒者が出ちまったんだから……。領主様から"別のものを作れ"って命令が下ったんだ」


男は机を拳で叩いた。


「……しかも、"その辺の匂いの良い雑草で、安く適当にポーションを作れ"だとよ。効き目なんかあるはずない。中毒が出るかどうかだって、この街の者に飲ませて確かめるしかない」


弟子は青ざめ、声を震わせた。

「で、でも……今渡しているものは……」


「雑草をすり潰して煮たものさ。火を入れないと腐るからな。それに砂糖をほんの少しだけ加えている」


親方は唇をゆがめ、肩を落とした。


「最初から無理な命令なんだ。砂糖を加えたのは……それだけが俺にできることだった。領主様の命令に逆らえるはずもないだろう」


弟子は唇を噛みしめ、声を絞り出す。

「……もしひとが倒れたら、どうするんですか」


親方の目が細く光った。

「……仕方ねぇだろ。お前は、牢屋に放り込まれたいのか?」


「そ、そんなことは……」


「なら黙ってやれ」

親方は低く言い放った。


それ以上の声を出す気力も、もうないのかもしれなかった。


「お前の役目は、せめて安全そうな雑草を集めてくることだ。それがせめてもの、お前なりの良心ってもんだろう」


弟子は首を振る。

「でも……どれが安全かなんて、わかりませんよ……」


親方は力なく笑った。

「今日飲んだ奴らが平気なら、その雑草は安全ってことだ。それ以上でも、それ以下でもない」


その言葉が、店の奥に静かに落ちた。

誰も、何も言えなかった。


***


レグニアとレオナが戻ってきた。


レオナが静かに、薬屋の中で聞いたことを話した。

言葉が進むたびに、その場の空気が重くなっていく。


レグニアは何も言わなかった。ただ、静かに前を向いていた。

その横顔が、すべてを語っていた。


話し終えたとき、誰も口を開かなかった。

しばらくして、俺は静かに言った。


「……この街を、このままにはしておけない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ