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幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


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第66話 来てよかった

「ところでケイス……自領は見て回っているのか」


アーサー侯爵邸の書斎で、父が腕を組んで言い放った。


「いろいろあって……。まったく、見て回れていないです」

(ルクシオン王国とのごたごたで、領地の視察を後回しにしていたな)


「自分の目と耳で、畑や道路、商売や民の暮らしを知ることは領主の大事な努めだぞ」


「そうですね。準備をして、領内を順番に見て回ります。任せっきりにしているアーネスト叔父上のところにも挨拶に行きます。レグニア、護衛を頼む」


「……奇跡の泉の様子も、確かめておきたい」

レグニアが静かに言った。それだけで、同行する気が十分に伝わった。


「私も行きます。お薬のお花畑、見てみたいです」

エルフの好奇心が、目いっぱい顔に出ていた。


「私も同行させてください。聖女の力が、お役に立てる場面があるかもしれません」

穏やかな声だったが、視線はしっかりとケイスに向いていた。


「領地の視察なら、王女として同行するのは当然でしょう」

腕を組んで言い切った。有無を言わせない、いつもの顔だった。


三人の要望に、思わず俺は口ごもった。

「……でも、途中で野宿しなきゃならないですよ。大丈夫ですか」


「問題なし!」


三人が同時に答える。しかも笑顔で。

……三人とも、笑顔の奥で互いをちらりと見ていたのだが。


その様子を見ていた母や妹、そしてメイドのミーナは、どこか楽しげで表情を綻ばせる。


「……わたし、こっそりついて行けないかしら」

母は声をひそめたが、目が完全に笑っていた。


「奥様、侯爵夫人がそのようなことを……」

そう言いながら、ミーナ自身も行きたそうに目が泳いでいた。


「三人がどうするのか……なんだか、わくわくしちゃうわ」

リリィは頬を紅潮させ、小さく拳を握った。


***


二日後――

アーサー侯爵邸の門を、四台の馬車と騎馬が抜けていった。


先頭の馬車には俺と三人の王女、そしてレグニア。

後ろにグレンと騎士たち、荷馬車が続く。ルーナとナディアの姿もある。

我ながら、ずいぶんと賑やかな視察になったものだ。


馬車の窓から吹き込む風は心地よく、道中の景色はのどかだ。

街道沿いには黄金色に実る麦畑が広がり、牛を追う農民たちの姿も見える。


「今夜は街道沿いの湖で野営にしようか。景色がいいと聞いている。せっかくだから、俺が料理を作ろうと思って」


エリュシアが身を乗り出した。

「湖ですか。見たいです」


ノエリアも静かに目を輝かせた。

「ケイス様のお料理……楽しみにしております」


レオナは腕を組んだまま、しかし口元がわずかに緩んでいた。

「……料理の腕前、見せてもらうわよ」


馬上のグレンだけが、小さく天を仰いでいた。

(野営……湖……三人の王女……。心配事は尽きない……)


***


やがて、湖畔に到着した。

夕日が水面を黄金に染め、波がきらきらと輝いている。

日没にはもう少し時間がありそうだ。よし、料理を急ごう。


騎士団が焚き火を起こし、テントを組み立てている。

俺は荷物から調理道具を取り出していく。


「さて、夕飯の食材だけど……?」


レグニアが静かに立ち上がった。

「……私が獲ってこよう」


レグニアが湖のほとりに立ち、静かに片手を向けた。

次の瞬間、水面が大きく揺れた。

ドン、という鈍い音とともに銀色の巨体が宙を舞い、岸へと叩きつけられた。


「うおおおっ!」

騎士団が一斉に歓声を上げる。


レグニアが無造作に魚を岸へ引き上げた。それだけだった。

「……銀鱗魚だ」


短い一言に、グレンが恐る恐る口を開いた。

「あ、あの……湖の王と呼ばれる魚では……滅多に捕れないと聞いておりますが……」


レグニアは振り返りもせずに答えた。

「そうらしいな」


「すごい……!」


俺も思わず声を上げた。

岸に横たわった魚は、俺の身長をゆうに超えていた。


ノエリアが目を丸くして岸へ駆け寄った。

「これを……一人で……」


その横顔に、言葉の続きがあった。

(さすがに黒竜だわ)


レオナも無言で魚を見下ろし、それからレグニアを見た。

その目が「人間離れしているわね」と言っていた。


***


「少し待っていてください」


そう言ったのはエリュシアだ。

彼女はルーナとナディアとともに、軽やかに湖畔を歩き出し、森の草むらを探し始めた。


やがて両手いっぱいに緑を抱えて戻ってくる。

「ほら、これはレモンの香りがする葉っぱです。焼き魚にとっても合います」

「こっちは湖畔に自生していた野菜。炒めれば甘味が出るわよ」


彼女の持ってきた香草と野菜を見て、皆の目が輝いた。


「……エルフは、森をよく知っている」

レグニアが静かに言った。それが十分な賛辞だった。


「では……」


ノエリアが一歩、湖に近づいた。

目を閉じ、胸に手を当てて祈りを捧げる。


「この湖に宿る精霊よ。大切な命を分け与えてくれたことに感謝します」


すると湖面が淡く光り、透き通るような青へと変わった。試しに手で掬って口に含むと、冷たく澄んだ水が喉を通った。先ほどとは、明らかに違う。

湖の魚たちが跳ね、まるで元気を取り戻したかのように輝いて見える。


誰も声を上げなかった。騎士たちはただ息を呑んで、その光景を見つめていた。


ノエリアは照れくさそうに微笑む。

「これで魚たちも元気になったはずです。湖にも恩返しができました」


***


俺は、葉っぱの上に横たえられた銀鱗魚の前に立って考えた。


「よし、あとは調理担当の出番……といきたいところだが、魚が大きすぎる。どう捌いたものか」


「……私が捌くわ」

言うが早いか、レオナは袖を捲り上げて剣を抜いた。


一閃。


見事に銀鱗魚の腹が割かれ、骨と身が瞬く間に切り分けられていく。

調理と言うよりは剣技だが、その華麗さに、皆が唖然としている。


レオナは剣を収めて振り返った。

「こんなものかしら」

誰も、すぐには声が出なかった。


その様子を、エリュシアとノエリアが静かに見ていた。

二人の目が、ほぼ同時に動いた。


エリュシアが香草を手に進み出た。

「仕上げは私に」


葉を細かく刻み、身にゆっくりと馴染ませていく。

その手つきには迷いがなかった。


最後にノエリアが静かに両手を合わせた。


「召し上がる皆様に、恵みがありますように」

短い祈りだったが、その言葉がなぜか場全体をやわらかくした。


俺は焚き火の前に腰を据え、魚に香草をまぶしてじっくりと火を通した。

傍らでは別の火でパンが膨らんでいく。


やがて魚の皮がこんがりと焼け、ほぐれた身が白く光った。

香草の香りが湖畔に広がる。

スープの湯気がゆらゆらと立ち上り、エリュシアの野菜が甘い匂いを漂わせていた。


***


「できました」と声をかけると、焚き火の周りにひとが集まってきた。

しばらく誰も言葉を発しなかった。料理の香りが、言葉より先に届いていた。


皆で神に収穫を感謝し、一斉に口へ運ぶ。


「……うまい!」

「香草の香りが魚に合ってる!」

「水も美味しい!」


口々に褒め言葉が飛び交う。


少し離れた場所で、グレンが星空を見上げながら黙々と食べていた。

(……うまい。心配事がなければ、もっとうまいのだが)


レグニアは無言で魚を口に運び、少し間を置いた。

「……悪くない」

それが最大限の賞賛だと、もう皆わかっていた。


レオナが静かにフォークを置いた。

「……魚の処理は、私の腕があってこそね」


「香草がなければ、ただの焼き魚でしたよ」

エリュシアが涼しい顔で返す。


二人の間に、じりじりとした沈黙が流れた。


ノエリアは静かに微笑み、何も言わずにスープを一口飲んだ。

その表情が、一番おいしそうだった。


俺は焚き火の明かりに照らされた三人の顔を、静かに見ていた。

(……来てよかった)

それ以上の言葉は、思い浮かばなかった。


湖面に満天の星が映り、笑い声が夜の空気に溶けていった。


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