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幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


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第61話 黒竜に挑むなど、千年早い

一方その頃、大広間ではレグニアと二人の刺客が対峙していた。


刺客の一人が間合いを詰め、掌を突き出した。

レグニアの体に触れた瞬間、大量の"気"を流し込む。


「これで終わりだ……!」


練り上げた気が、相手の内部を破壊していく。

それがシャドウクライの必殺の技だった。どんな相手も、これで仕留めてきた。

しかしレグニアは、涼しい顔で立っていた。


「どうした。体に触れただけでは、痛くも痒くもないぞ」


「な……!? 大量の気を送り込んだ。気脈はとうに破壊されているはずだ……!」


「我に"気脈"などない」


レグニアの声は静かだった。

怒ってすらいない。ただ、事実を告げているだけだった。


「弱き人族の理屈を、我に当てはめるな。そして――」


赤い瞳が、二人の刺客を静かに射抜いた。


「お前らには強力な魔力など使う必要もない。剣術だけで十分だ」


次の瞬間、レグニアの体が消えた。

残像すら見えなかった。気づいたときには、すでに二人の間をすり抜けていた。


剣閃が一度、二度。刃が空気を切る音だけが、静かに広間に響いた。

二人の刺客は膝をつき、そのまま前のめりに倒れた。


「な……ぜ……こんなバケモノが……護衛を……。ケイスは……何者だ……」

声は途中で途切れた。


「……ふん」

レグニアは剣を収め、乱れた髪を一度かき上げた。


「黒竜をバケモノと呼ぶか。千年早い」


広間に静寂が戻った。

床に倒れた二人の刺客を一瞥し、レグニアは踵を返した。

廊下の方から、ケイスが駆けてくる足音が聞こえていた。


***


駆け寄ってきたケイスとレオナを見て、レグニアがにこりと笑った。

「そちらは大丈夫だったか」


「ま、まあね。相変わらず運が良かったみたいだよ」


レオナが床に転がる刺客を見下ろしながら、静かに口を開いた。

「刺客が勝手に自滅していくところを、初めてこの目で見たわ。幸運の領主とは、ああいうものなのね」


それからレグニアに視線を向け、肩をすくめた。

「レグニアの方は……心配する必要すらなかったわね」


「当然だ」

レグニアが短く答えた。


レオナの表情が、すっと引き締まった。


「ただ、今回の件は大問題だわ。私とエリュシア王女が滞在している侯爵邸を、他国の王が刺客で襲わせた。取り扱いを間違えれば、国と国との戦争に発展しかねない案件になるわよ。ルクシオン王は……いったい何を考えているのかしら」


「そうだね」

ケイスも真剣に頷いた。


「今回の件は、慎重に動かないと危険だ」

二人は顔を見合わせ、重々しく頷いた。


***


しかし、そのやり取りを影から見ていた者がいた。

ルクシオン王国の諜報員だった。


戦闘が始まる前から侯爵邸を監視し、刺客たちが屋敷へ滑り込むのを見届けていた。攻撃力はない。しかし気配を消し、敵情を探ることに特化した男だった。


そして彼は見てしまった。

シャドウクライの精鋭三人が、あっという間に無力化される場面を。


あの技が通じなかったことを。

そして何より――瀕死の刺客が「ルクシオン王の命令」と自白する瞬間を、レオナ王女が聞いていたことを。


(……まずい)

背筋に冷たいものが走った。


(刺客が自白した。しかもレオナ王女の耳に入った。これは……王が依頼したことが、グレイス王国に知られたということだ)

(戦争になるかもしれない……いや、なりかねない。急ぎ報告せねば)


諜報員は震える足を叱咤し、闇に紛れて走り出した。

その背には、今まで感じたことのない種類の恐怖が貼り付いていた。


***


ルクシオン王は、諜報員からの報告を聞き終える前に立ち上がっていた。

「余の名を吐いただと……!?」


椅子が床を引っ掻く音が、側近数名しかいない広間に響いた。

「捕らえられても決して口を割らぬはずではなかったのか! シャドウクライとはそういう連中ではなかったのか!」


誰も答えなかった。

側近たちは視線を床に落とし、息を殺していた。


王は広間を歩き回りながら低く唸った。

言い逃れはできない。グレイス王国は証拠を掴んだ。

このまま待てば詰問の使者が来る。あるいは――軍が来る。


「攻められる前に攻め込むしかない。全軍に通達せよ。グレイス王国との戦の準備を――」

言いかけて、王は口を閉じた。


「……しばし待て」


側近たちが顔を上げた。

誰もが次の言葉を固唾を呑んで待っている。


王は黙って考えた。


戦争の準備など一朝一夕で整うものではない。

兵を集め、物資を揃え、諸侯を説得する。

その間にグレイス王国が先に動けば、すべてが終わる。


(……まずは、あの国の力を削ぐ必要がある)


王は玉座に深く身を沈め、目を閉じた。

聖女を奪われた屈辱。ケイスを手中に収め損ねた焦燥。

イザベルの愚行による金貨一千枚の損失。

それらがどろどろと胸の中で煮えていた。


(……疫病だ)

王の口角が、ゆっくりと歪んだ。


(グレイス王国に病を流行らせ、民を衰弱させる。兵を動かす前に、内側から腐らせてやる)


王の脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。


(ザハル……。かつて余が王位を継ぐ際、邪魔な兄弟たちを次々と毒殺するのを手助けした男だ。あの男ならば、病原を生み出すことも容易いはず)


口元の歪みが、深くなった。


「戦争の件はなしだ」


王は静かに、しかし冷たく告げた。

「ザハルを呼び出せ」


***


数日後――。

広間に、一人の男が連れてこられた。

人払いをした広間には、王とザハルだけとなる。


ぼさぼさの白髪に、ぼろ布をまとったような薄汚れた外見。

しかし王の前に立っても、一切臆する様子がない。

それどころか、濁った瞳がどこかうれしそうに光っていた。


「ザハル……久しぶりだな」


「はて、王に呼ばれるとは珍しい。また誰かを殺したいのですかな……ひっひっひっ」


王は眉をひそめたが、構わず続けた。

「グレイス王国に疫病を広めてほしい。民を衰弱させ、国力を削ぐ。お前ならできるはずだ」


ザハルは少し考えるように首をかしげた。それからゆっくりと口角を上げた。

「……できますとも。材料と時間さえいただければ」


「報酬は弾む」


「報酬などどうでもよい」

ザハルは静かに言った。


「ただ……存分にやらせていただけるなら、それで十分ですよ」

その言葉が、広間の空気をひと際冷たくした。


翌日、ザハルは王都郊外の研究室へ戻っていた。


***


ルクシオン王国の王都郊外の森――。

人目を避けるように建てられた古い研究室だった。


石造りの壁には苔が這い、窓はほとんど塞がれている。

外からは廃屋にしか見えない。


しかし中に足を踏み入れれば、息が詰まった。

ガラス瓶の中で、黒い液体が粘りつくように揺れている。


棚には名も知れぬ標本が並び、檻の中では病に侵された獣たちがぐったりと横たわっていた。どこかから滴る水の音だけが、静かに響いている。


どす黒い腐敗の匂い。

床には乾ききらない血痕がこびりついていた。


「王からの依頼とあらば……疫病でも毒でも……」

男は実験器具を弄びながら、独り言のように呟いた。


「……ひっひっひっ」

笑い声ともため息ともつかない、奇妙な音だった。


男の瞳は濁っていた。焦点が合っているのかもわからない。

生気がなく、しかし奥の方だけがぬめりと光っていた。

狂気と悦楽が混ざり合った、禍々しい空間だった。


***


その頃――。

アーサー侯爵邸では、作戦会議が開かれていた。


刺客を差し向けたのがルクシオン王である以上、この件を戦争へと発展させないため、慎重な対応が求められていた。


出席者は、俺と父、レオナ、ノエリア、エリュシア、レグニア、そして騎士団長グレン。いつもの女子会とは打って変わった、張り詰めた空気だった。

状況を整理したのは俺だった。


「刺客の証言から、ルクシオン王が背後にいることは間違いない」


俺は一つひとつ指を折りながら続けた。


「理由はおそらく三つだ。一つ目、聖女ノエリアがグレイス王国で復活したことへの焦り。二つ目、イザベルが失敗し、謝罪と金貨一千枚まで支払う羽目になったこと。そして三つ目――王としての面目を、これでもかと潰されたこと」


「要するに、怒り狂った王が感情に任せて動いた、ということね」

レオナが静かに言い添えた。


「……手に負えないわね」


「問題はここからだ」

俺は続けた。


「ルクシオン王は当然、諜報員を張り付かせていたはずだ。刺客が失敗したことは伝わっているだろう。だが、刺客が"ルクシオン王の命令"と自供したことまで把握しているかどうかはわからない」


「もしその情報がルクシオン王に伝わっていれば、どうなるでしょうか」

グレンが低い声で問いかけた。


「絶対にバレないと思っていたはずだ。さぞかし頭を抱えているでしょうね」

レオナが静かに続けた。


「しかも諜報員が侯爵邸に張り付いていたなら、私とエリュシア王女がいたことも報告しているはずよ。二人の王女が滞在する屋敷に刺客を差し向けた。これは重大な外交問題になるわ」


「つまり」

俺は一つ息を吐いた。


「ルクシオン王は今頃、自分の行動がグレイス王国とエルディア王国との関係を取り返しのつかない形で悪化させたと気づいているはずだ。焦っているからこそ、次の手を打ってくる。それが何かはわからない。だから危険なんだ」


重い沈黙が、会議室を満たした。

(このまま待っているだけでは、じり貧だ)


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