第58話 性悪姫、侯爵邸に乗り込む
今日もレオナ王女と騎士団長グレン、部下二名が侯爵邸を訪れていた。
結局のところ、レオナ王女はほぼ毎日通ってくるようになっていた。
そのおかげで、母やリリィをはじめ、レオナ王女、エリュシア王女、ノエリア王女といった女性陣はすっかり打ち解け、屋敷は日々女子会のようににぎやかだ。笑い声が絶えない。
女子会が盛り上がっている中、執事が慌てた様子で応接室に飛び込んできた。
「失礼いたします! ルクシオン王国の第三王女様がご到着されました。いかがいたしましょうか」
一瞬、場の空気が変わった。
ノエリアの表情がわずかに固くなる。
レオナとエリュシアが顔を見合わせた。
母が涼しい顔で答えた。
「ここでは女性だけで楽しくお話ししております。殿方は執務室においでよ。執事さん、公爵にお伝えしてちょうだい」
「承知いたしました。ただちに」
***
次の瞬間、応接室の扉が勢いよく開かれた。
バーン!
「失礼いたしますわ〜!」
入ってきたのは、艶やかな黒髪に整った顔立ちの女性だった。
許可などお構いなし。
ノックすらせずにドアを開け放ち、ずかずかと中へ踏み込んでくる。
(……だ、誰?)
ノエリアを除いた全員が、揃ってぽかんと口を開けていた。
「イザベル姉さま! ノックもなしに……いったい何のご用件ですか」
「はあ? あんた誰よ」
イザベルがノエリアをじろりと見た。
「私はルクシオン王国第三王女、イザベル・ルクシオン! おーっほっほっほ!」
「……ノエリアです。少し姿が変わりましたが」
「あなたがノエリアのわけがないでしょう」
イザベルはあっさりと切り捨てた。
「あのデブはどうせドアの影にでも隠れているはずよ。さあ、出てきなさい」
しばらく待ったが、当然誰も出てこない。
「まあいいわ。ずっと隠れていればいいわね」
イザベルはさっさと興味を失ったように周囲を見回し、続けた。
「……それより、アーサー子爵はいらっしゃるかしら?」
その場にいた全員が、静かに顔を見合わせた。
***
ちょうどそのとき、執事からの知らせを受け、何事かと父と俺が駆けつけた。
続いて騎士団長グレンも足早に部屋へ入ってくる。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
艶やかな黒髪が肩の上で揺れ、宝石をちりばめた豪奢なドレスが体の線を美しく際立たせている。
整った顔立ちに浮かぶのは、計算し尽くされたような柔らかな微笑み。
一歩進むたびに濃厚な香りが漂い、応接室の空気ごと塗り替えていくようだった。
「おおっ……」
父が思わず声を漏らした。
目が輝いている。
隣のグレンも、武人らしからぬ赤い顔で口をぱくぱくさせていた。
普段の冷静さはどこへ行ったのか。
その頃、女性陣はといえば――
(あ、こいつ……性悪女だ。間違いない)
全員が、ほぼ同時にそう確信していた。
仕草ひとつ、笑みひとつに潜む打算が、女の目にはくっきりと見えていた。
一方、男性陣にはそのような分析など微塵も働いていない。
「まったく……」
女性陣の冷たい視線が、父とグレンへ静かに突き刺さった。
***
そこへ遅れて、俺が部屋に入った。
イザベルがすぐに俺へ視線を向け、上から下まで値踏みするように瞬時に見回した。
(こんなぼーっとしたぽっちゃり男……ちょろいわ。瞬殺よ)
その目に浮かぶものが、なんとなく伝わってきた。
(……なんか、嫌な感じの女性だな)
一方、女性陣はケイスがイザベルに全く反応しないことを確認して、胸をなでおろしていた。
とはいえ、ルクシオン王国の王女を粗末に扱うわけにもいかない。
かといって、同じ屋敷で空気を共にするのも耐え難い。レオナがそこで一計を案じた。
二日後に王主催の晩餐会がある。
そこで歓迎するとして、それまではイザベルに王宮へ滞在してもらう。
有無を言わせず、だ。
しかしその代わりに、晩餐会へのケイスの参加を約束させられてしまった。
「ではアーサー子爵、二日後にお会いしましょうね♡」
妙なポーズを決めながら、イザベルは颯爽と部屋を後にした。
残された父とグレンは、鼻の下をだらしなく伸ばしたまま、女性陣の冷たい視線にも気づいていない。
(参加は必須か……。とにかく早く屋敷から出ていってくれて、ほっとした)
(それにしても、ノエリアとはまったく似ていないな)
「ノエリア、なかなか強烈なお姉さんだな」
「すみません……昔からああいう方で」
ノエリアが小さく俯いた。
「顔を合わせるたびに嫌味を言われていました。本当に息の詰まる日々でした」
「もう会いたくもないだろうから、晩餐会には参加しなくていいよ。俺が上手く取り繕っておくからね」
「ありがとうございます」
そのとき、レオナとエリュシア、リリィがそっとノエリアの隣に寄り添った。
「大丈夫よ、ノエリア。ここにいる限り、誰もあなたを傷つけさせないわ」
「私たちが味方ですもの」
温かな声に包まれ、ノエリアはようやく小さく、静かに微笑んだ。
***
晩餐会の夜がやってきた。
煌びやかなシャンデリアが眩しく輝き、王城の大広間には音楽とざわめきが渦巻いていた。豪奢な料理の香りが漂い、貴族たちの談笑が絶えない。
その中央に、イザベルが姿を現した。
「まあ……」
「なんとお美しい……」
若い貴族たちが一斉に目を奪われ、次々とダンスを申し込む。
「ごめんあそばせ♡」
イザベルは柔らかな笑みを浮かべながら、器用にさばいていく。
断られた男たちでさえ、その笑顔に満足そうな表情を浮かべていた。
腰のひねり、ドレスの裾さばき、ちらりと見せる流し目。
そのすべてが計算され尽くしている。
布地のわずかな揺れさえ彼女の体のラインを際立たせ、目にした男たちの理性をじわじわと奪っていく。
香水の匂いが一歩先を歩き、視線を集め、場の空気をひとりで塗り替えていった。
しかしその笑みの奥に温度はなく、流し目の先には常に計算があった。




