第50話 エルフの宴と世界樹の現状
女王ティルフィアの案内を受け、俺たちは聖樹の宮殿の内部へと足を踏み入れた。
分厚い樹皮がそのまま壁となり、枝や根が絡み合って天井や柱を形作っている。
ひとの手が加わっているのか、自然のままなのか、境界がわからない。
それでいて荘厳さと優美さが見事に調和していた。
やがて扉が静かに開かれると、目の前に広大な大広間が広がった。
樹の幹を加工した長いテーブルには、草で織られた柔らかなクロスが敷かれ、その上に色とりどりの料理が並んでいる。
透明な器には果実を煮詰めたものや花の蜜を練り込んだゼリー。
皿には香ばしく焼かれた穀物のパン、彩り豊かなサラダ、香草で和えた山菜のような料理。
エルフの国ならではの、珍しい料理がいくつも並び、瑞々しい香りが静かに立ちのぼっていた。
枝で編まれたシャンデリアには光の玉が浮かび、揺らめきながら室内を淡く照らしている。木漏れ日のように柔らかな光が広間を包み、夢の中に迷い込んだかのようだった。
「これは全部、森で採れたものなのですか」
思わず声が出た。
「ええ。森の恵みは無限です。私たちエルフは、森と共に生き、森に生かされています」
ティルフィア女王の声には、説明ではなく感謝が滲んでいた。
隣でレグニアが、料理をじっと見渡してから静かに言った。
「力を感じる食材ばかりだ。人間の国の食事とは、いろいろ違う」
そう聞くと、早く食べてみたくなる。
「食べてみていいですか」
「もちろんですわ。今夜は、アーサー子爵と黒竜様の歓迎の宴です。どうぞ存分に」
さっそく一口、果実のゼリーを口に含んだ。
「……っ」
甘みと酸味が溶け合い、舌の上でふわりと広がる。
それだけではない。体の芯から何かが満ちてくるような、不思議な感覚があった。
「おいしい……というより、なんか、体に染み込む感じがしますね」
「森の精気が宿っているのです。食べるだけで英気を養えますわ」
レグニアがこちらをちらりと見た。
「ケイスの顔が、少し生き生きしてきたぞ」
「そんなに違いますか」
「見ればわかる」
***
そんな中、ふと小柄な影が俺の隣にちょこんと腰を下ろした。
振り向くと、エリュシア王女だった。
金の髪飾りが揺れ、好奇心に満ちた瞳がまっすぐこちらを射抜いている。
「ねえ、幸運の領主さま……あなたの本当の姿、見せてくれませんか」
「えっ」
言葉を詰まらせた俺に、エリュシアはいたずらっぽく笑った。
「エルフには見えるの。あなたの本来の姿が」
「そうなんですか。でも……エルフは皆が美男美女でしょう。それに比べて、俺の今の姿の方が愛嬌があって良いと思っています。それに、外見より何を守りたいか、何をなしたいかの方が大事ですから」
エリュシアがその言葉をゆっくりと噛みしめるように黙った。
「……でも、どうしても見たいの」
「では、明日、ひとの少ないところでお見せしましょう」
「本当?」
少女の顔がぱっと輝き、嬉しそうに両手を叩いた。
その無邪気さに、女王ティルフィアもそっと口元を綻ばせた。
「あの子はまだ幼いのですが、あなたに強い興味を持っているようです。どうか仲良くしてやってください」
宴の間、エリュシアは俺の隣を離れず、矢継ぎ早に質問を重ねてきた。
「人間の国って本当に森がないの? どうやって食べ物を育てるの?」
「水と光があれば、耕した畑で作物が育ちますよ」
「人間の食べ物はどんなもの? 甘いものはある?」
「甘いお菓子なら、いろいろあります」
「どんな味? どれくらい甘い? 明日、見せてくれる?」
「それは、世界樹のことが無事に終わってからにしましょう」
「絶対だよ!」
ぎゅっと手を握られ、思わず苦笑した。
その様子を見守っていた女王ティルフィアが、静かに盃を置いた。
「さて、アーサー子爵。肝心の件についてお話しせねばなりませんね」
その一言で、宴の穏やかな空気が少しだけ引き締まった。
「ここ一年あまり、世界樹がみるみる力を失っています。本来、世界樹の力は計り知れないもの。この国に近づくだけで、すべての生き物がその力を感じられるほどです」
「そのおかげで魔物も寄り付かず、特別な実りも生まれる。しかし今は、その力が弱まり、魔物が国境を越えようとしています」
「原因は突き止めておられますか」
女王はゆっくりと首を振った。
「それがわからないのです。世界樹に宿る精霊たちも沈黙したまま。だからこそ、あなたの"幸運"に賭けてみたのです。幸運のひとよ――あなたの力が、我らエルフの未来を照らす鍵となるやもしれません」
その目に、希望と不安が入り混じった光が宿っていた。
宴の音楽は静かに流れ続けていた。
しかしその旋律は、まるで世界樹が奏でる哀歌のように、俺の胸をじわりと締めつけた。
(自信はない。でも、できることをやってみるしかない)
俺は遠くで揺れる光の玉をしばらく眺めた。
明日は、世界樹に会うことができるな。




