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幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


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第5話 幸運の坊ちゃんと、チンピラが逃げた日

「ちょっと、いいですか」

ケイスは男たちの前に立った。


その様子を、市場のひとたちが遠巻きに見ていた。


「あ、幸運の坊ちゃんが行ったよ」

八百屋のおかみさんが小声で言った。


「あの男たち、見るからに柄が悪いよ……大丈夫かねえ」

肉屋のおかみさんが心配そうに眉をひそめる。


「坊ちゃんは運がいいから、なんとかなるんじゃないかい」

布屋のおかみさんが言った。


「そういう問題じゃないよ!」

八百屋のおかみさんが夫の袖を引いた。


「あんた、行ってやりなさいよ」


「え、俺が?」


「そうだよ、坊ちゃんがいつも運をくれてるんだから、たまには恩返ししなさいよ」


「いや、でも……あいつら短剣持ってるし……」

八百屋のおじさんが及び腰になる。


「情けない!」

肉屋のおかみさんも夫の背中を押した。


「あんたも行きなさいよ」


「俺も? いや、まあ……二対一より、二対三の方がいいか……」


「坊ちゃんを数に入れてどうするの!」


「そうだな」


ぐずぐずしている夫たちを横目に、おかみさんたちはやきもきしながら遠くから見守っていた。


二人とも当然ながら、ケイスより背が高い。

体格もいいし、腕も太い、喧嘩も強そうだ。


値の張りそうな上着を着ていて、腰に短剣を下げていた。

商人というより、どこかの屋敷に仕える者のような雰囲気だった。


「なんだ、ガキか」

男の一人がケイスを見下ろして、鼻で笑った。


「邪魔するんじゃない。これは正当な取り立てだ。この婆さんは旦那の借金を踏み倒そうとしているんだよ」


「借金?」

老婆が泣きながら首を振った。


「違います……あのひとは借金なんてしていません……この人たちが急に来て、証文があるとか言って……」


「うるさい、婆あ!」

男が怒鳴った。老婆がびくりと体を縮める。


ケイスはその様子を見ながら、静かに状況を整理した。


証文がある、と言っている。

だが老婆は身に覚えがないと言っている。

立派な服を着た男たちが、市場の外れで人目を避けるように老婆を囲んでいる。


(これは……まともな借金回収じゃないな)


偽の証文を使った詐欺か、あるいは力ずくの強奪か。

どちらにしても、まともな行為ではない。


「その証文、見せてもらえますか」

ケイスは穏やかに言った。


「あ?」

「なんだと!」


「証文があるなら、ちゃんと見せてもらえれば話が早いと思って」

男たちが顔を見合わせた。


一人がケイスをじろじろと見る。

ぽっちゃりとした子供が、のんびりした顔で立っている。

脅威にもなりそうにない。


「……貴族の坊ちゃんか?」

「首を突っ込むと怪我をするぞ」


「怪我はしたくないです」

ケイスは素直に頷いた。


「だから穏やかに解決したいんです。証文を見せてもらえれば、正当な取り立てかどうかすぐにわかります」


男が苛立ちながら懐から紙を取り出した。

ケイスはそれを受け取り、ゆっくり確認した。


(見た目は証文の体裁を整えているようだ)

(でも、騒ぎになるということは、偽証文なのだろう)

(こいつら、体格は立派だけど、頭はそれほど立派じゃなさそうだ)


「なるほど」

ケイスは証文を返しながら、にこにこと笑った。


「これは難しいですね」


「何がだ」


「この証文、王都の公証所に確認を取らないといけない書式になってますよ。ここに印がないと、正式な証文として認められないので」


嘘だった。

そんな書式があるかどうか、ケイスにはわからない。

男たちがまた顔を見合わせた。今度は少し、表情が揺れた。


(効いてる)


「正式な証文であれば、公証所で確認が取れるはずです。一緒に行きましょう。ちょうど衛兵の詰め所も近くにありますし、立会人を頼めます」


「……衛兵?」

男の顔色が、わずかに変わった。


(もう少しか……)

ケイスはここで、バランススキルをそっと使った。

二人の男に、ほんの少しだけ多く不運を与えてみよう。


『不運60%』

(小悪党だから、これでいいや)


次の瞬間、男の一人の頭の中に、なぜか過去の失敗が次々と浮かんできた。


取り立てた金を帰り道で落として、親方にこっぴどく怒鳴られたこと。

余った金で酒場で飲みながら店主の悪口を言っていたら、当の店主が隣のテーブルにいたこと。

夜道で犬の糞を踏んでひっくり返り、通行人に笑われたこと。


(な、なんで今そんなことを……)


男は首を振った。

だが記憶は止まらない。

失敗。失敗。また失敗。


気づけば、じわじわと自信が消えていく。

もう一人の男も、似たような顔をしていた。

二人とも、さっきまでの強気な表情が、どこかへ消えてしまっていた。


懐の財布が地面に落ちた。

中から硬貨が散らばって、周囲の通行人が一斉に振り向く。


「あらあら」

「どうしたんだい」


視線が集まった。人目が集まった。

男たちの顔に、焦りが浮かんでいる。


「……今日のところは、引き上げてやる」

捨て台詞を残して、二人は足早に去っていった。


遠くから見ていたおかみさんたちが、ほっと胸をなで下ろした。


「よかった……」

「坊ちゃん、やっぱり運がいいねえ」

「ほらね、なんとかなるって言ったじゃないか」


老婆がその場にへたり込んだ。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」

震える声だった。


ケイスはしゃがんで、老婆と目線を合わせた。

「大丈夫ですか。怪我はないですか」


「おかげさまで……本当に、ありがとう……」

老婆の目から涙がこぼれた。


(よかった)

ケイスは立ち上がり、伸びをした。


(のんびり暮らすつもりだったんだけど……)

(厄介事に首を突っ込んでしまった)


まあ、仕方がない。

困っているひとを見たら、放っておけない。

それは前世からだ。


「ケイス様」

後ろからミーナの声がした。


振り返ると、ミーナが複雑な顔をして立っていた。

「……全然、少しじゃありませんでしたよね」


「見ないふりができなかったし、ちょっと声をかけただけだよ」


「詐欺師を追い払っておいて、ちょっとですか」


「まあ……ね」


ミーナはしばらく何かを言おうとして、やめた。


深くため息をついて、それから老婆に向き直った。

「お怪我はありませんか。よろしければ、近くの休憩所までお連れしますよ」


老婆が驚いたように顔を上げる。

ミーナはもう怒った顔をしていなかった。


(ミーナ、優しいな)

ケイスはのんびりそう思いながら、二人の後ろをついて歩いた。


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