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幸運の転生者がのんびり異世界を救います~悪人に不運をプレゼント。ぽっちゃりですが三人の王女に溺愛されています~  作者: ゲンタ


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第4話 幸運の坊ちゃんと呼ばれた日

アーサー家には、もう一人、大切なひとがいた。メイドのミーナだ。

年は二十歳すぎで、焦げ茶色の髪をきっちりと結い上げている。


仕事は丁寧で、屋敷の中を常にきちんと整えている。

怒ったような顔をすることもあるが、目は優しい。

ケイスが物心ついた頃からそばにいてくれたひとだ。


ある朝、ミーナがケイスの部屋に洗濯物を届けに来たとき、じっとケイスの体を見て、ため息をついた。

「ケイス様……そろそろ本当に体を引き締めないといけませんよ」


「まあ……そのうちね」


「そのうちでは困ります」

ミーナが畳んだ服をどさりと置いた。


「女性は、見た目も大切にしているひとが好きなんです。このままでは、素敵なお嫁さんが来てくれません」


「お嫁さん……俺、まだ十一なんだけど」


「だからこそ、今から気をつけるんです」

ミーナは腕を組んで、きっぱりと言った。


「ケイス様に素敵なお嫁さんが来てくれること。それが、ミーナの夢なんです」


(夢……随分と気が早いな)

ケイスはのんびりそう思いながら、返す言葉が見つからなかった。


そしてその日も、朝食を終えると、ミーナが廊下で待ち構えていた。

「ケイス様、今日もどこかへ出かけるおつもりですか」


「少し市場を見てこようかと」


「昨日も市場でしたよね」


「うん」


「一昨日も」


「…………」


「何をしているんですか、毎日」


「運動を兼ねて、散歩だよ」


「確かに……それは必要ですね。もう少しお腹を引き締めていただけると……」

ミーナが同意する。


ケイスはにこにこしたまま答えた。

「それに市場を見るのは、面白いしね」


「昼までには戻ってきてくださいよ」


「わかった」


***


王都の市場は、朝から賑やかだった。

八百屋、肉屋、布屋、香辛料を扱う店。

行き交う人々の声が重なって、ごった返している。


ケイスはその中をのんびりと歩きながら、こっそりバランススキルの練習をしていた。


ひとの運勢を調整できる力――。

幸運を多めにしてあげれば、そのひとにいいことが起きやすくなる。

不運を多めにすれば、小さなトラブルが続くようになる。


どれくらい調整すれば、どんな変化が起きるのか。

それを確かめているのだ。


まず、八百屋の前で足を止めた。

店主のおじさんは、いつも通り、のんびりと店番をしていた。

欠伸をしながら、遠くをぼんやり眺めている。


(じゃあ、少しだけ)

『幸運55%』


次の瞬間、おじさんがむくりと立ち上がった。

「いらっしゃい! 今日の野菜は新鮮だよ! どうだい!」


声が大きい。いつもの三倍くらい大きい。

通行人が驚いて振り返る。


「あんた、今日はどうしたんだい?」

奥から顔を出したおかみさんが、目を丸くした。


「いや、なんだかやる気が出てきてな!」


「そうかい……」

おかみさんは首を傾げながら、ケイスに気づいた。


「あ、幸運の坊ちゃんが来てる」


「どうりで」


(幸運の坊ちゃん……いつの間にそんな呼び名が)

ケイスは苦笑しながら、次の店へ向かった。


肉屋の前に差し掛かると、こちらもおじさんがどっかりと椅子に座って、腕を組んで居眠りをしていた。


(同じく、少しだけ)

『幸運55%』


「いらっしゃいいらっしゃい! 今日は上物が入ってるよ!」

おじさんが跳ね起きた。


「あんた! さっきまで寝てたでしょ!」

奥からおかみさんが飛び出してくる。


「寝てない! 目を閉じて考え事をしていただけだ!」


「どう見ても寝てたよ! ……あ」

おかみさんがケイスを見つけ、ぱっと顔をほころばせた。


「幸運の坊ちゃんじゃないか。うちの人が急にやる気になったと思ったら」


布屋でも同じことが起きた。

無口で無愛想な主人が、珍しく店頭に並んだ布を広げて、通行人に声をかけはじめた。


「あら、またあの子が来てる」

布屋のおかみさんが、八百屋と肉屋のおかみさんに小声で言った。


「ほんとだ」

「うちの人も急にやる気になるんだよね、あの子が来ると」

「うちもうちも」

三人のおかみさんが顔を見合わせて、くすくすと笑った。


「不思議だよねえ」

「そういうわけじゃないと思うんだけど」

「でも毎回だからねえ」


気づけば、ケイスの周りにおかみさんたちが集まってきていた。


「坊ちゃん、今日もきてくれてありがとうね」

八百屋のおかみさんが、ケイスの頭をぽんぽんと叩いた。


「うちの人、坊ちゃんが来る日だけよく働くんだよ。毎日来てもらえないかねえ」

「うちも!」

「うちもお願いしたいわ」


「は、はあ……」

ケイスが困った顔をしていると、肉屋のおかみさんが突然ケイスの手をぎゅっと握った。


「幸運をわけてもらおうと思って」


「え」


「私も!」

布屋のおかみさんがケイスの肩をぽんぽんと叩く。


「坊ちゃんの頭をなでると運が良くなるって、もっぱらの噂だよ」

八百屋のおかみさんが、ケイスの頭を今度は両手でわしゃわしゃとなでた。


「ちょ、ちょっと……」

通りがかりの商人たちが、その光景を見て笑い合った。


「また始まった」

「幸運の坊ちゃん、今日も人気だな」

「あのぽっちゃり具合が、また福々しくていいんだよな」


(……福々しい。そういう見方もあるのか)


ケイスは苦笑しながら、おかみさんたちに、なでられるがままになっていた。

(不運を増やしていくのは、まだ試してないけど……)

(市場のひとたちに、それはやりたくはないしね)

(病気や、怪我とかしたら申し訳ない)


***


そんな賑やかな時間が一段落したころ、ケイスはふと市場の外れで声が聞こえるのに気づいた。


「ケイス様!」

後ろから声がした。


振り返ると、ミーナが小走りで近づいてきた。

まだ昼前だというのに、息が少し上がっている。


「昼前には戻ってくださいと、言いましたよね」


「そろそろ戻ろうとは思っていたのですが……もう少しだけいいですか」


「そのもう少しが、いつも長いんですよ、ケイス様は」

ミーナが頬を膨らませる。


怒っているような顔だが、わざわざ迎えに来てくれる。

このひとは、そういうひとだ。


「困ります……返してください、本当に……」

市場の外れから、震えた声が聞こえてきた。


ケイスは、その方向をじっと見つめていた。

老婆が一人、二人の男に囲まれていた。


立派な服を着た男たちが、老婆の手から巾着袋を奪い取ろうとしている。

老婆は必死に両手で袋を抱えていたが、力では敵わない。


(あれは……まずいな)


ケイスは立ち止まった。

行くべきか、行かざるべきか。


(転生するとき、"のんびり暮らしたい"と言ったのを覚えている)

(そのためには、余計な面倒には首を突っ込まないと決めたんだけどな……)


老婆の目が、潤んでいた。声が震えている。

「これは亡くなった主人が……残してくれた、大切な……」


(……仕方ない。少しだけな)


ケイスは歩き出した。



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