第39話 伝説の黒竜にドレスを
「フェルステッド侯爵は、そう簡単に尻尾を出さないだろうな」
ふと浮かんだ不安を口にすると、レグニアは腕を組んで静かに言った。
「貴族というのは、そういうところだけは抜け目がない。我が身を守ることには徹底している。わずかな隙すら見せたら負け、そう信じて生きている連中だ。民のためには何もしないくせにな」
(このセリフをドラゴンの姿で吐かれたら、貴族たち、震え上がるだろうな)
(いっそドラゴンの姿で王に直談判してもらうのはどうかな?)
(でも、あの王なら腰を抜かすだけだろうな)
「レグニア、この国を滅ぼそうなんて考えないでくれよ。侯爵が姿を現す場で俺のスキルを使って自白させる。それが一番丸く収まる」
「……国を滅ぼしても、解決にはならんからな。まあ、それで行こう」
「ただ、フェルステッド侯爵との直接対峙は怖い。いざとなったら頼みます」
「それは任せておけ。だがケイス、一つ忠告しておく」
レグニアの声のトーンが、わずかに変わった。
「フェルステッド侯爵はロザミールと同じ人種だ。我が身に危険が及ぶと判断すれば、ためらいなく動く。王女への刺客など、何とも思わない男だ。むしろ、そちらの方が心配だ」
俺は黙って頷いた。
レグニアの忠告を胸に刻みながら、白鷲宮を後にした。
***
レグニアの言葉が、頭の中でしばらく響いていた。
(フェルステッド侯爵はロザミールと同じ人種……王女への刺客も、ためらいなく)
侯爵邸に戻ると、父の書斎へ直行した。王女に報告した内容を一言も漏らさず語ると、父は黙って腕を組み、しばし考え込んだ。
やがて深く息を吐いた。
「フェルステッド侯爵が……領民にそこまでするとは。第三王子を後継に押し立てるための勝負と判断したのかもしれんが、やり方が度を越している。領民を何だと思っているのだ」
「父上、侯爵はどんな人物ですか」
「金と権力への執着が異様に強い。だが、やることに隙がない。油断ならん男だ。王女への刺客も、ためらいなく差し向けるぞ」
(レグニアと同じ見立てだな)
「この目で確かめておきたいです。どこかで姿を見られる機会はありますか」
「ちょうどいい機会がある。来週、王が主催する晩餐会がある。フェルステッド侯爵も出席するはずだ。レオナ王女も当然姿を見せるだろう」
「ぜひ参加したいです。レグニア、護衛として一緒に来てくれないか」
「え……私も行くのか」
レグニアは少し間を置いてから、警戒するような目つきになった。
「お前……まさか、ドレスを着ろとか言わないよな」
「着てもらうつもりだけど。ダメ?」
「っ……!」
そこへ、お茶を持った母が書斎の扉を開けた。
どうやら話を聞いていたらしい。
後ろにはリリィとミーナもいた。
「まぁ! レグニアちゃんにドレスを? 素敵じゃない! 選びに行くの、私も付き合うわよ!」
「私も手伝いたい! レグニア姉さんには紺とか白が絶対似合う!」
レグニアがジト目で俺を睨んだ。
しかし三人の勢いは止まらない。
「たまには女の子らしく着飾るのも悪くないわよ。ねえ、ミーナ」
「はい、絶対にきれいになりますわ!」
(……ドラゴンがドレスとは。私の威厳は一体どこへ……)
レグニアは肩を落とし、深くため息をついた。
***
翌日――。
母とミーナに引っ張られるようにして、レグニアは仕立て屋へ連れ込まれた。
「……この布、やたらキラキラしていないか。少し恥ずかしいのだが」
「晩餐会なんだから、これくらいがちょうどいいのよ。露出は控えめにするから安心して」
(露出もなにも……我はドラゴンなのだぞ)
(神から護衛を頼まれているからな……仕方ないか)
試着室に入ったレグニアは、しばらく沈黙してから、そっとカーテンを開いた。
「……どうだ」
深紺のドレスが揺れ、銀髪をさらに引き立てている。
首元と裾に施された銀糸の刺繍は月光を思わせ、普段の凛とした雰囲気とはまるで別ひとのようだった。
「綺麗だね。レグニア」
思わず俺の口から出た言葉に、レグニアは目を瞬かせ、すぐに顔を背けた。
「そ、そうか。変装だからな。あくまで任務だぞ……任務」
その耳が、かすかに赤くなっていた。
「やっぱり似合う! このドレスに決まりね!」
リリィが声を上げ、母も満足そうにうなずいた。
「では仕上げをお願いしましょう。当日までに準備しておくわ」
「……逃げられそうにないな」
レグニアは渋い顔をしたが、その表情にはかすかな緩みがあった。
「ところでケイス、ちゃんとした正装は用意してあるの? ダンスは踊れるかしら」
「一応、人並みには」
「なら思い切ってレオナ王女をダンスに誘ったら? 最近ますます綺麗になっているそうよ。……誰かさんの影響かしらね」
母の言葉に、リリィとミーナが楽しげに笑う。
なぜか父まで仕立て屋に同行しており、腕を組んで渋い顔で口を挟んだ。
「ケイス、頼むからダンスで転ぶなよ。舞踏会で転倒など、貴族としては末代までの恥だからな」
「父さん、それはプレッシャーですって……」
家族のやり取りを眺めながら、レグニアがくすっと笑った。
ドレス姿の彼女は任務だなんだと言いながら、どこか少し誇らしそうにしている気がした。
晩餐会まで、あと数日だった。




