第30話 レオナ王女という方とは、どういう関係なの?
アーサー侯爵邸の食堂に、穏やかな夕暮れの光が差し込んでいた。
久しぶりに家族が顔を揃えたテーブルには、温かなスープと焼き立てのパン、香ばしいロースト肉が並んでいる。
食事が一段落し、ゆっくりとした時間が流れ始めたころ、父が静かに口を開いた。
「ケイス、少し聞かせてくれ」
穏やかな声だったが、その目は真剣だった。
「手紙で大まかなことは知っている。だが手紙では、事実の輪郭しか伝わらない。昇格の手続きに領地の引き継ぎ、王都への引っ越しと使用人の手配……一気にやることが多すぎて、お前から直接話を聞く機会がなかった」
父はテーブルに手を置いた。
「今回のことは、アーサー家にとって大いなる名誉だ。お前には心から感謝している。だからこそ、きちんと聞いておきたい」
少し間を置いてから、続けた。
「何があったのか、お前がどう関わったのか。なぜ王女や騎士団と、あれほど親しくなったのか。順を追って話してくれないか」
「そうよ、ケイス」
母がにこりと笑った。
「私たちも聞きたいわ。特に……王女様との関係をね」
「そうそう!」リリィとミーナが楽しげに頷く。
四つの視線が、一斉に俺に集まった。
(王女との関係、か……どう説明したものか)
「ええっと……どこから話せばいいかな」
俺が頭を掻くと、テーブルの向こうで父が珍しく笑みを浮かべた。
「最初からだ」
***
ケイスは少し考えてから、口を開いた。
「ことの発端は、リューデンでの事件です。ロザミール侯爵への賄賂の証拠を持って、王女様が王都に戻られましたよね」
「あの時からか」
父が静かに頷く。
「王都に戻られる前に、レグニアが王女様に危機を知らせるペンダントを渡していたんです」
「あの夜――そのペンダントが光って、私とレグニアは王女様のもとへ転移しました」
「あの時は大騒ぎだったぞ」
父が苦笑した。
「お前とレグニアがいきなりいなくなって、後から届いた手紙には『王女様が刺客に襲われ、レグニアが助けました。その後、急遽行われた謁見に同席することになりました。詳細は帰宅後に話します』だけだったからな」
「すみません」
「で、転移してどうなった」
「白鷲宮で、王女様が刺客二十名と戦っている最中でした。衛兵も護衛もすでに全員殺されていて……少しでも遅れていれば、王女様の命が危なかったと思います」
「ケイス……よく無事だったな」
母の声が、わずかに震えていた。
「私は何もしていません。刺客はすべてレグニアが倒してくれました」
父が向き直った。
「レグニア、息子を助けてくれて、本当にありがとう」
家族全員が頭を下げた。
「あんな刺客、敵にもならなかったぞ」
レグニアは胸を張った。
その顔に、珍しく満足げな笑みがあった。
「その後、騎士団が駆けつけて……調査の結果、刺客はロザミール侯爵が送り込んだものだと判明しました。しかも、白鷲宮が襲われている隙に、リューデン事件の証拠が騎士団本部で燃やされていて……」
「それで、王への謁見になったわけか」
「はい。その謁見で……策を提案しました」
「……なんだと」
父の眉が、ぴくりと動いた。
「その策で、ロザミール侯爵一派と第二王子の陰謀が明らかになったんです」
食卓が、しんと静まり返った。
父がゆっくりと口を開いた。
「ケイス。今回は結果が良かった。だが……王に献策するなど、一つ間違えればアーサー家ごと取り潰しになる行為だぞ」
「次からは必ず、事前に私に相談しなさい」
怒りではなかった。
それよりも重い、真剣な声だった。
「申し訳ありません」
俺は頭を下げた。
「謁見の最中、王女様に直接献策を頼まれてしまいまして……」
「断れる雰囲気では、なかったんです」
父はしばらく黙ってから、小さくため息をついた。
「……それは、そうだな」
***
その場の空気が、少しだけほぐれた。
今度は母が、身を乗り出してきた。
「それで……レオナ王女様とは、どういうご関係なの?」
「えっ」
思わずスプーンを取り落としそうになった。
「だって、ずいぶん親しそうだったじゃない」
「ち、違います。そういう関係では全然なくて……王女様は正義感が強くて、行動的で、とにかく元気な方でして……」
(突撃一直線すぎて、騎士団長が胃を痛めているとは言えないよな)
「ふうん……」
リリア、リリィ、ミーナの三人が、示し合わせたように顔を見合わせた。
「とにかく友人です。国のために一緒に動いただけで、変なことは何もありません。それに立場が違いすぎますから」
「まあ……そういうことにしておきましょうか」
母がにやにやしたまま視線をそらし、ミーナが笑いを噛み殺している。
リリィはもう堪えきれずに肩を震わせていた。
ケイスは黙ってスープをすすった。
それしかできなかった。
父だけが、何も言わずに静かに杯を傾けていた。
その口元に、かすかな笑みがあった。
「でもな」
父が、改めて口を開いた。
「お前が立派に役目を果たしてくれて……本当に誇らしい」
静かな声だった。
それだけに、重みがあった。
「私は侯爵に叙され、広大な領地を拝命できた。お前も男爵となった。まさにアーサー家の誉れだ」
その言葉に、ケイスはようやく肩の力が抜けた。
家族の温かな眼差しに包まれながら、静かにスプーンを置く。
(しばらくは、穏やかに過ごしたい)
ふと思った。
(……王女様には、しばらく大人しくしていてもらえると助かるんだけどな)
夜はまだ更けきっていなかった。
アーサー家の食卓には、穏やかな安堵の空気が静かに広がっていた。




