第28話 口が、止まらなかった
ついに、謁見の日がやってきた。
(そういえば、俺はまだリューデンに帰れていないんだが……)
(騎士団の宿舎って、汗臭くて嫌なんだよな)
王宮の広間は静まり返っていた。
しかしその静けさは穏やかなものではなく、見えない緊張が空気の底に沈んでいるような重さがあった。
レオナに半ば強引に連れ出されたケイスは、彼女の隣に立たされる形で謁見に臨んでいた。
だが、レオナの表情がおかしかった。
いつもの強気な顔ではない。
何かを必死に抑え込んでいるような、暗い気配を漂わせている。
「王女様、何かありましたか」
レオナは声をひそめ、俺の耳に近づいた。
「メイドが……毒殺されてしまったの」
怒りと悔しさと、深い悲しみが混ざり合った声だった。
「騎士団長のヴァルトが、自分の責任だと言って……本気で自決しようとしたのよ。止めるのに必死だったわ」
沈黙が落ちた。
(侯爵の手が、もうそこまで伸びていたのか)
***
「証人を失ったということですか……これは、まずいですね」
「それだけじゃないの」
「ロザミール侯爵とその一派、総勢三十名が今日、王宮に乗り込んでくるそうよ」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「毒殺が成功したということは、騎士団の内部に裏切り者がいます!」
「証人に食事を運んだ者、調理を担当した者――今すぐ洗い出すべきです」
「騎士団長、聞いていたわね。すぐに動いて」
「はっ」
グレンはすでに立ち直っていた。
先ほどまでの自責の気配は消え、毅然とした顔で部下に指示を飛ばしていく。
(こういうひとたちは、失敗を悩むより、動いてもらっている方が、立ち直りも早いはずだ)
「……ケイス、今日はどう動けば……」
レオナが、不安そうに問いかけてきた。
「予定通りで構いません」
俺は答えた。
「ただ、騎士団には侯爵一派を一斉に捕らえる準備を整えておいてもらう必要があります」
「騎士団長、準備お願いね」
「お任せください」
***
やがて、謁見の間にロザミール侯爵一派が姿を現した。
証人がすでに死んでいることを知っているようだ。
その余裕が、歩き方にも顔つきにも滲み出ていた。
関係者が揃ったのを確認し、側近の合図で王が玉座の間へと入場する。
「久しいのう、ロザミール侯爵」
「恐れながら……本日このように呼び出された理由が、とんと理解できませぬ」
侯爵の後ろに並ぶ貴族たちが、待っていたとばかりに声を上げる。
「まことに侯爵のおっしゃる通りでございます」
「その通り、その通り」
王は手を上げて制した。
「第二王女が襲撃された件で、事実確認をせねばならぬのだ」
「そのような……恐ろしいことが」
「まことに、あってはならぬことでございます」
口では驚いてみせながら、その目には余裕の色があった。
証人はいない。
証拠も燃えた。
この場に恐れるものなど何もない、とその顔が言っていた。
そこへ、第二王子が颯爽と入ってきた。
(第二王子とともに、王と王女をやり込めるつもりだな)
「私も立ち会わせていただいてよろしいでしょうか?」
「お前は呼んでおらぬ。帰れ」
「しかし、この国の命運に関わる重大事でございます」
「私が立ち会わぬわけには参りません」
侯爵一派の口元が、かすかに緩んだ。
笑みを隠そうともしなかった。
***
(思った通り、やる気満々だ)
ケイスは静かに、スキルを発動する準備を整えた。
隣のレグニアがちらりと俺を見て、目を細めた。
「さっさとやれ」と言っていた。
まず、ロザミール侯爵と第二王子だけに絞って発動する。
『不運70%』
(侯爵と第二王子には自白してもらう)
直後、さっきまで余裕の笑みを浮かべていた侯爵の顔色が、みるみる変わった。
ロザミール侯爵が王に歩み寄ろうとした瞬間、絨毯に足を取られて前のめりに転倒した。
手をつこうとして滑る。
顔面から床に激突する。
また手をつこうとして滑る。
また激突する。
王が眉をひそめた。
「ロザミール侯爵よ、何をしておる」
「第二王女に刺客を送ったのは私でございます! 証人のメイドも、私が毒殺させました!」
侯爵の目が、激しく泳いでいる。
(なぜ……なぜこんなことを! 口が止まらない!)
「第二王子と共謀し、王を退位させるつもりでした!」
(やめてくれ! 頼む、口よ閉じてくれ……!)
その隣で、第二王子がふらつきながら前に出ようとした。
絨毯に絡まり、派手に転倒する。
もがきながら、やっと立ち上がる。
「第二王子よ、お前まで何をしておる」
「ロザミール侯爵の言う通りでございます!」
「王を退位させ、私が王となれば何でも自由にできると……そう思っておりました!」
(しまった……なぜ……!)
二人は顔面蒼白で後ずさろうとするが、足がもつれて転倒する。
立ち上がっては、また転倒する。
その繰り返しだった。
傍目には、わざとやっているとしか見えなかった。
しかし誰もそれを笑えなかった。
玉座の間全体が、何が起きているのか理解できずに凍りついていたからだ。
***
(侯爵と第二王子は自白してくれた)
(次は侯爵一派の貴族たちだ。知らなかったとか、無理やりやらされたとか、言えないようにしよう)
ロザミール侯爵一派の貴族たち、全員に。
『不運70%』
ロザミール侯爵一派の貴族たちも、次々と叫び始めた。
「この無能な王め、さっさと退位しろ!」
(私は、なにを言っているんだ)
「病気になって、早く死んでくれ!」
(口が勝手に……)
「老いぼれ! 領地と金、もっと寄越せ!」
(言い間違いましたでは、済まないだろうな)
「王女派やフェルステッド侯爵派も潰してしまえ」
「邪魔者は徹底的に排除」
「そうだ。その通り」
怒声と絶叫が、次々広間に響き渡る。
普段は温厚な王の顔が、みるみる変わっていく。
ひとの良い笑みだけが取り柄だった顔が、今は鬼のような形相に変化。
その迫力に、廷臣たちまでが思わず後退りした。
ロザミール侯爵一派の貴族たちも、さすがにまずい状況とわかってくる。
わかっていても、口が止まらない。
逃げようとして足がもつれ、尻もちをつく。
立ち上がろうとしてまた転ぶ。這いずりながら、それでも叫び続けた。
玉座の間が、かつてない混乱に包まれていた。
(バランススキルは、ダメ貴族一掃という使い方もできるみたいだな)
***
レオナが王にそっと視線を送った。
王はわずかに頷く。
「騎士団。この不敬なる者どもを捕縛せよ」
「はっ」
近衛騎士団が動き出した。
それを見たグレンが、待っていたとばかりに部下へ目配せする。
近衛騎士団とともに、不埒な貴族たちを、逃げられないよう、押さえ込みにかかる。
王女を襲われ、証人を殺された怒りがある。
その分、少々乱暴に床に伏せさせていく。
そして王が、玉座から立ち上がった。
「第二王子。貴様は牢だ」
「二度と日の目を見ることはないと思え!」
普段の温厚な声とは、まるで別人だった。
その隙に、俺はもう一手打っておくことにした。
以前から怪しいと踏んでいた王の側近たちへ、静かにスキルを放つ。
『不運70%』
側近たちの表情が一変した。
「メイドの件をロザミール侯爵に漏らしたのは私だ!」
「こんな優柔不断な王の下でやってられるか!」
「我らがどれほど苦労していると思っているんだ。この無能王!」
王の額に、青筋が浮かんだ。
「こいつらも全員牢に入れよ!」
「捕縛した貴族の領地はすべて没収、貴族資格も剥奪! その家族も残らず捕らえるのだ!」
グレンが振り返り、部下たちを見渡した。
その顔には、珍しく晴れやかな笑みがあった。
「聞いたな。行くぞ!」
***
その日のうちに、俺は急使を頼んで父への手紙をしたためた。
「本日の謁見にて、ロザミール侯爵一派が全員捕縛されました。この件について、父上のもとにも王宮から正式な連絡が届くかもしれません。詳細は帰宅後に話します」
翌日、返事が届いた。
「……お前は本当に、どこまでやるつもりだ。無事でよかった。帰ってきたら、すべて話してもらうぞ」
(帰ったら、すべて話そう)




