第27話 我が手は、あらゆるところに伸びている
結局、俺の案が通ってしまった。
(大丈夫なのか、この国は)
(軍師とか参謀とか、なんでもいいから専門家はいないのだろうか)
ふと気づいた。
王宮に来てからずっと、父への連絡ができていない。
宿舎に戻り、急使を頼んで父への手紙をしたためた。
「王女様が刺客に襲われ、レグニアが助けました。その後、急遽行われた謁見に同席することになりました。詳細は帰宅後に話します」
同じ日のうちに、王の命を受けた使者もロザミール侯爵のもとへ向かっていた。
「白鷲宮襲撃事件について、詳細を王宮にてご説明いただきたく存じます」
書簡を差し出し、形式ばった礼を終えた使者は、静かに侯爵邸を辞去した。
その背中が門の外に消えるのを見届けてから、ロザミール侯爵は重厚な椅子にゆっくりと腰を下ろした。
「……あの鈍重な王が、ようやく動いたか」
誰に言うでもなく、呟く。
唇の端に、笑みが浮かんだ。
「娘が殺されかけたのだ。怒るのは当然だろう。だが……」
指先で肘掛けを、ゆっくりと叩く。
「これを好機としようではないか」
低い笑い声が、誰もいない部屋に静かに広がった。
侯爵は立ち上がり、窓の外に広がる夜の王都を眺めた。
灯火がぽつぽつと灯る街並み。
あの無数の明かりの下で暮らす民のことなど、この男の頭には微塵も存在しなかった。
***
その夜、侯爵邸の広間には腹心の貴族たちが次々と集められた。
分厚いカーテンが外の光を遮り、灯火は最低限に抑えられている。
暗がりの中で人影が揺れ、低い囁き声が幾重にも重なっていった。
侯爵は杯を指先でゆっくりと転がしながら、静かに口を開いた。
「これは絶好の機会だ」
「王を退け、第二王子殿下に王座を継がせる。我らの兵を王宮に進めれば、あの鈍重な王に抵抗する術はない」
広間がざわめいた。
「その通りでございます!」
一番手前に座っていた貴族が、誰よりも早く声を上げた。
(侯爵に一番乗りで賛同すれば、覚えてもらえるかもしれない)
「まことに卓越したお考え! さすがはロザミール侯爵様でございます!」
「いや、まったくその通り!」
別の貴族が負けじと続く。
(出遅れた……だが二番でも悪くない。早く何か言わねば)
「無能な王のもとでは、我らが栄えることなどできませぬ! 第二王子殿下を王座に!」
「後ろ盾などという生ぬるいことを言うな」
三番手の貴族が一段上をいこうとする。
(二人がごますりで終わった。私は実務的な意見を言って差別化しよう)
「殿下を飾りにして、我らが実権を握ればよいのだ。担ぐ玉座は、軽ければ軽いほどいい」
笑い声が広がる。
侯爵が頷くのを見て、全員が「うまいことを言った」という顔をした。
「税制も改めるべきだ!」
四番手が乗り出した。
(何か言わねば存在感が薄れる。税の話は無難だ)
「貴族に重荷がかかる仕組みはすべて廃止! 農民からはもっと取り立てれば良い!」
「黙って従うしか能のない連中だ。家畜と変わらん」
五番手がさらに過激に上乗せする。
(農民をこき下ろせば侯爵に気に入られると聞いたからな。よし、もっと言おう)
「逆らう貴族がいれば、“謀反の企てあり”として牢に放り込めば良いのだ」
「第二王子様の御名があれば口実などいくらでも作れる」
六番手が続く。
(私も何か言わなければ。……とりあえず大声で賛成しよう)
「まさに! まさにその通りでございます!」
言葉が言葉を呼び、声はどんどん大きくなっていく。
追従が欲望を膨らませ、欲望がさらなる追従を生む。
誰一人として、国の行く末を口にしなかった。
民の暮らしを思う者もいなかった。
ただ己の懐が膨らむ未来だけを語り合い、その声は夜更けまで止むことがなかった。
***
その中で、一人の貴族が思い出したように声を上げた。
「ところで、自白したあのメイドだが――死んだという噂が流れているそうだ」
「騎士団長も責任を取って謹慎になったとか」
「罠の可能性はないのか」
「あの王に、そんな策を弄する才覚があるわけなかろう」
男は鼻で笑った。
「王女も脳筋で、前へ突き進むしか能がない。小細工などできる人間ではない」
「それに、王宮仕えのメイドから裏も取ってある。王も王女も、今頃困り果てているらしい」
その時、別の貴族が慎重に口を開いた。
「待て。私は王の側近筋に繋がりがある」
「そやつが言うには――それはすべて作り話だそうだ」
広間がざわめいた。
「やはりそうか。だが、あのバカ親子にしては妙に狡猾だ。……誰の入れ知恵だ」
「ロイ・アーサー子爵の息子……ケイスという少年が王の前で進言したらしい」
「どんな子供だ」
「田舎領主の息子だ。小太りで、間の抜けた顔つきの子供らしい」
誰かが肩をすくめた。
「取るに足らぬ存在だが……見せしめに潰しておくべきだ」
「どちらにせよ」
侯爵が静かに口を挟んだ。
「罠であろうがなかろうが、我らには関係ない」
「予定通り王宮に乗り込めばいいだけだ。策があるなら、逆に好都合。その場でまとめて捻り潰してやる」
広間がしんと静まり返った。
全員が一斉に頷く。
(侯爵様、なにか策をお考えなのか)
(我らは、求められれば賄賂を渡し、ゴマすりをしておけばいいだけだ)
(それだけで、領地も増え。地位も上がる。楽なもんだ)
ロザミール侯爵が静かに手を上げた。
貴族たちが一斉に口を閉じ、侯爵の言葉を待った。
「そのメイドには……本当に死んでもらおう」
低い声だった。
「謁見の直前に毒を盛ればいい」
「騎士団の中にも私に従う者がいる。我が手は、あらゆるところに伸びている」
「さすがでございます……!」
一番手の貴族が真っ先に身を乗り出した。
(ここでも一番乗りだ。今日は絶好調だ)
「第二王子様にはお伝えになりますか」
「もちろんだ。当日は王と王女を徹底的にやり込め、その勢いのまま殿下に王位を継がせる」
侯爵の口元が緩んだ。
「兵を挙げる必要すらない。これが策というものよ」
「まことに恐れ入りました……!」
「この際、邪魔者は徹底的に排除しましょう」
「王女派の商人は国外追放。王女派の貴族も一掃。フェルステッド侯爵一派も、この機に潰しましょう」
(よし、流れるようにゴマすりの言葉が出てくる)
(これも才能というものだ)
「ロザミール侯爵派の貴族が絶対の力を持つ、これぞ我らの理想の国――!」
貴族たちが口々に叫ぶ。
誰もが侯爵の顔色を窺いながら、一番大きな声を出そうと競っていた。
その様子は、餌を求めて騒ぐ家禽のようだった。
気を良くした侯爵が、杯を高く掲げた。
「さあ――我らの勝利に、乾杯だ」
一斉に掲げられた杯が、鈍く光を放つ。
その笑い声が、闇の中に長く尾を引いた。
***
同じ夜、騎士団の宿舎で、ケイスはレグニアと並んで座っていた。
「レグニア、俺の案が通ってしまったけど、うまくいくと思う」
「さあな」
しばらく、二人とも黙っていた。
やることはやった。あとは待つだけだ。
それがわかっているから、余計な言葉は必要なかった。
窓の外に、王都の夜が静かに広がっていた。
***
翌日、父からの返事が届いた。
「無事でよかった。王女を助けたとは……言葉もない。謁見で粗相はなかっただろうな。とにかく、無事の帰りを待っている」
(父上……心配をかけてしまったな)
短い文章だった。
だが、その一言一言に父らしさがにじんでいた。
「帰ったら、すべて話そう」




