第26話 独り言として、聞いてください
王は玉座の上で沈痛な面持ちのまま、隣に控える年老いた側近と小声で相談を始めた。
王の声はほとんど聞こえない。
だが静まり返った玉座の間では、王と側近のささやきがかすかに漏れてくる。
「……どうする」
「……困りましたな」
「……なぜこんな厄介なことに」
「……ロザミール侯爵もレオナも、もう少し大人しくしていてくれれば」
「……まったくでございます」
「……後日、改めて、ということにできないか」
「……少々お時間をいただければ、うまく収める方法が」
「……いっそ、なかったことには、できないだろうか」
「……それも、さすがに……」
廷臣たちは顔を伏せ、聞こえていないふりをしている。
レオナはまっすぐに父を見たまま、微動だにしなかった。
(なぜ「ロザミール侯爵を捕らえよ」と言わない!)
俺は内心で叫んでいた。
(娘が殺されかけてるんだぞ)
(俺たちがいなければ、今頃レオナ王女は……)
重苦しい沈黙が広がる。
廷臣たちは息を呑んで待ち、レグニアは無言で立っている。
レオナだけが、まっすぐに父を見ていた。
やがて王が顔を上げた。
「……レオナよ。この件については後日、改めて連絡する」
その瞬間だった。
「なぜですか!」
レオナの声は静かだった。
だからこそ、その怒りが伝わった。
「今すぐロザミール侯爵を捕らえるべきではないのですか。衛兵たちが命を落とし、王女が殺されかけた。それでも、後日なのですか」
王はうつむいた。
答えを探しているのか、答えがないのか、それすらわからない。
沈黙だけが続いた。
***
側近の一人が慌てて前に出た。
「王女様、どうかお静まりを。ここは謁見の間でございますぞ」
レオナは怯まなかった。
「それがなんです」
一歩前へ出て、まっすぐに父を見た。
「父上、私は殺されかけたのですよ!」
「ケイスたちが助けてくれなければ、今頃ここには立っていません。自分の娘が命を狙われて、何を相談する必要があるというのですか!」
鋭い声が石造りの広間に響き渡った。
廷臣たちが息を止め、近衛騎士たちでさえわずかに体を強張らせる。
王は顔をしかめ、絞り出すように言った。
「……それは、そうなのだが……」
しかしまた、視線を側近たちへ落とし、ひそひそと相談を始めてしまった。
(王様……本気ですか……)
俺は心の中で頭を抱えた。
(王は、自分で結論が出せないひとなんだ……)
(これでは、この国はどうなる。ますます国民が不幸に)
隣のレグニアをそっと見ると、半眼になっていた。
「くだらない」と全身で言っていた。
(レグニア……頼むから、何もしないでよ……)
そのとき、レオナが振り返った。
「騎士団長、ロザミール侯爵を捕らえてきなさい」
玉座の間がざわめいた。
廷臣たちの顔から、一斉に血の気が引いていく。
「待て、レオナ!」
王が立ち上がった。
玉座から降りんばかりの勢いだった。
「ロザミール侯爵たちは、第二王子を中心に、すでに大きな勢力を築いている。今、正面から糾弾すれば、王国内に分裂が生じかねぬのだ」
「……内戦に発展する恐れがあると、そう仰るのですか」
年配の廷臣が静かに進み出た。
「その可能性は非常に高うございます。現時点では証拠と証言をもとに、法と政治の正しい手続きを着実に進めるべきでございましょう」
***
レオナは納得しなかった。
怒りと悔しさで顔を紅潮させ、俺に視線を向ける。
「ケイス――何かないの」
(王の御前で、俺に振るのか……!)
「私のような者が意見を述べて、よろしいのですか」
「王女として命じます」
「わかりました」
「ただし、王の御前です。あくまで独り言として、お聞きください」
「いいわよ、早く言って」
レオナの目が輝いている。期待に満ちていた。
(頼むから、そんな目で見ないでくれ)
(俺は、ただの子爵家の息子なんだけどな)
(でも……こんな大雑把な案、誰でも思いつくだろう)
(後は情報操作や根回しの専門家が、もっと高度に組み立て直してくれるはずだ)
王がゆっくりと俺に目を向けた。
「ケイスよ。何か良き方法があるならば、話してみよ」
玉座の間の視線が一斉に集まる。
背中に汗が流れた。
「……王からロザミール侯爵に、使者を送ってはいかがでしょう?」
「『白鷲宮の件について話を聞きたい、王宮に来て説明せよ』と」
王はすぐに首を振った。
「それでは分裂を招くではないか。先ほどの話を聞いておらなかったのか?」
「もちろん、承知しております」
「使者を送れば、侯爵一派は必ず騒ぎ立てる。それで構わないのです」
俺は深く息を吸った。
「同時に、こんな噂を流します」
「『自白したメイドは死んだ。騎士団長はその責任を取って謹慎となった』と」
廷臣たちがざわめき始めた。
「侯爵一派はそれを聞いて、王と王女をやり込める絶好の機会と考えるでしょう」
「証拠も証人も消えたと思い込み、意気揚々と城へ乗り込んでくるはずです」
玉座の間が、しんと静まった。
「彼らには、言いたいだけ言わせておくのです」
「その最中、騎士団長が――"死んだはずのメイド"を連れて現れるのです」
その瞬間、王を含む廷臣たちの表情が変わった。
「侯爵もその一派も、その場で不敬罪として捕縛します」
「同時に王宮から兵を発し、侯爵派の領地と身内を速やかに押さえます」
沈黙が落ちた。
恐れの沈黙ではなかった。
驚きと、納得と、静かな興奮が混ざり合った沈黙だった。
(これくらいの荒削りな案は、誰でも思いつく)
(噂の流し方とか、侯爵派への根回しとか、細かい部分は専門家がいるだろう)
(俺はあくまで、誰でも思いつく、たたき台を出しただけだ)
俺はさりげなく廷臣たちを見渡した。
全員が黙ったまま、固まっている。
(……あれ? 誰も動かない)
(補足してくれる人間が、いないのか?)
(もしかして、この国には本当に、そういう人材がいないの?)
レオナが勢いよく一歩踏み出した。
「それよ、それ。私もまったく同じことを考えていました」
堂々と言い切るその姿に、廷臣たちが揃って絶句した。
(幸運80%のせいで、前に突き進む力だけが暴走している)
(王女のようなタイプには使い方を考えないとな。王女の幸運はもとに戻そう)
(それにしても……誰も何も言わないのか)
(父になんと説明しようか……)




