第25話 真実は、止まらなかった
無実のメイドたちにかけていた不運を、元に戻しておいた。
すると、みるみるメイドたちの表情が和らいでいく。
(証人の不運はそのままだ。玉座の間でも、真実を話してもらう必要があるからな)
(やっぱり……このスキル、すごいな)
「ケイス、レグニア、行くわよ」
レオナが鋭い足取りで前へ進む。
頬にまだ血がついたままだったが、そんなことを気にする余裕は彼女には残っていないようだった。
グレンが静かに一歩前へ出た。
「王女様、お顔を」
短い一言だったが、その声に実直な忠誠心が滲んでいた。
レオナは一瞬だけ足を止め、「ありがとう」とだけ言った。
(これからの交渉はすごく大事だ!)
(レオナ王女の運を上げておいた方がいいよな)
俺はそっとスキルを発動した。
『幸運80%』
(これで王女の運は最大になった。無敵のはずだ)
その瞬間、レオナの瞳に光が宿った。
わずかに肩が上がり、次の一歩には迷いがなかった。
石畳を踏む足音が、心なしか力強くなっていく。
レグニアがちらりと俺を見た。
口元がわずかに動いた。「やったな」と言っているようだった。
俺は歩きながら小さく頷いた。
「騎士団長、謁見の手配は終わったかしら?」
「はっ、騎士の一人に、書記局への緊急謁見申請をさせてます」
ほどなく戻ってきた騎士が報告する。
「王はすでに、私室に戻られておられるということでしたが、事態が緊急ゆえ、ただちに玉座の間を開くようご指示されました」
(幸運80%だと、物事がするすると動くな)
控室に入ると、侍従たちが素早く動いた。
まず女官たちがレオナを奥の仕切りへ案内し、着替えの準備に入る。
ほどなく、血の痕ひとつない清潔な衣装に身を包んだレオナが戻ってきた。
侍従が、髪や服装の確認を素早く行っていく。
俺とレグニアには、謁見の間での礼儀が、短く伝えられた。
「玉座の間では王に背を向けないこと。発言は王女殿下か、王の許可を得た者のみとなります」
「心得ました」
俺は背筋を伸ばして緊張をほぐした。
レグニアは相変わらず飄々としているが、その目の奥には一切の隙がない。
やがて扉の両脇に衛兵が立ち、準備が整った旨が伝えられた。
レオナを先頭に、ゆっくりと扉へ向かって歩き始める。
レオナが不意に立ち止まり、振り返った。
「ケイス、レグニア……頼りにしているわよ」
強い声だった。
それでいて、震えるほどの切実さを含んでいた。
俺は自然と胸に手を当て、深く頭を垂れた。
「最善を尽くします」
***
玉座の間から、朗々としたラッパの音が響き渡った。
「――第二王女レオナ殿下、緊急謁見にてお入りになります」
石の壁に反響し、音が重なり合いながら消えていく。
空気そのものが、張り詰めていった。
衛兵によって重厚な扉がゆっくりと開かれる。
中へ一歩踏み込んだ瞬間、その荘厳さに思わず息を呑んだ。
深紅の絨毯がまっすぐに玉座へと続き、左右には鎧に身を包んだ近衛騎士が無言で整列している。その視線は鋭く、異物を一切寄せつけない冷たさがあった。
高壇の上、金細工を戴く椅子に腰掛けた人物が目に入る。
この国の王、アルベルト。
壮年に差し掛かった穏やかな顔立ちだった。
玉座の威厳と、その人物の醸し出す空気が、不思議なほど釣り合っていない。
近衛騎士たちの張り詰めた緊張とは裏腹に、王の顔にはひとの良さがにじみ出ていた。
(……レオナ王女が言っていた通りだな)
***
王はゆったりとした口調で言葉を発した。
「あらましは聞いておる。……レオナ、ケガはしてないか」
「はい。しかし」
レオナは静かに、しかし確かな声で続けた。
「白鷲宮の衛兵と護衛は、刺客二十名によって全滅しました」
「私も命の危機に立たされましたが、ここに控えますロイ・アーサー子爵の長男ケイス殿と、その護衛のレグニアが救ってくださいました」
「そうか……」
王はゆっくりと俺たちを見た。
「王としても、父としても、感謝の言葉しかない」
俺は咄嗟に頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます」
(王への直接の謁見など初めてだ。この受け答えで良かったかな?)
王は頷き、表情を引き締めた。
「刺客を送った者に、心当たりはあるか?」
レオナが一歩前へ進んだ。
「刺客の武器はガルディア地方の鍛造と判明しております」
廷臣たちが一斉にざわめいた。
誰もが知っていながら、誰も口にできなかった名前が、今この玉座の間に浮かびあがろうとしていた。
「さらに、刺客を宮殿へ手引した者が判明しております」
「……誰だ」
「白鷲宮のメイドです。彼女自身が、ロザミール侯爵の指示で手引したと自供しております。現在、謁見の間の外で待機させております」
王は深く息を吐き、側近を一瞥した。
「ここへ連行せよ」
「はっ」
グレンの命令で、メイドが引き立てられてきた。
蒼白な顔で足を震わせながら、それでも必死に冷静を装っている。
(ここを切り抜ければ、まだ逃げ道がある)
(無実なのに強要されたと主張すれば――)
だが口を開いた瞬間、言葉は別の方向へ転がり出した。
「……ロザミール侯爵の指示で、王女殿下を殺すため、刺客を白鷲宮へ手引しました」
玉座の間が、水を打ったように静まり返った。
メイド自身が、自分の言葉に一番驚いていた。唇が震える。
(なにを……なにを言っているの私!)
(これでは自分から首を差し出しているようなものじゃないの!)
王がさらに問う。
「なぜロザミール侯爵は、レオナを殺そうとした」
「不正の証拠を、王女殿下に押さえられたと聞きました」
「それと……白鷲宮の襲撃に乗じて、騎士団本部の書庫を焼き払うよう命じられておりました」
言葉を発するたびに、自分が深みへ落ちていく。
それがわかっていた。
わかっていても、止められなかった。
まるで見えない糸に引かれるように、秘密が口からこぼれ続ける。
(やめて……もう話さないで……)
だが、真実は止まらなかった。




