第23話 証拠が、燃えた
レグニアによって、刺客はすべて倒された。
俺は特に何もしていない。
(王女の部屋にいる刺客は、中庭からは見えない。見えない相手には、バランススキルを発動できないからな)
王女が衛兵たちの様子を確認したいと言うので、一緒に白鷲宮の門や詰め所を見て回っている。
衛兵たちは全員、命を落としていた。
中庭に配置された護衛数名も同じだ。
脅かすだけなら、皆殺しにする必要はない。
どこかの壁の上から矢を一本、王女の部屋に打ち込んで逃げ去れば十分だ。
つまり今夜の刺客たちは、王女を仕留めるつもりで来ていた。
レオナもそのことに気づいているはずだった。
それでも、その瞳から正義の闘志は消えていなかった。
負けない、ひるまない、悪に膝を屈することは決してない――言葉にせずとも、そう誓っているように見えた。
日頃から王女が声をかけ、彼らも元気よく答えていた衛兵や護衛たち。
みんな、善いひとたちばかりだったという。
(さすがの王女でも……思うところはあるだろう)
慰めの言葉をかけたかった。
だが口が動かなかった。
王女の心中を推し量れば、どう声をかければ良いかわからなかった。
***
ふと思った。
(暗殺に特化した、腕利きの刺客と対峙した場合、どうすれば良いだろう?)
(そういう強敵に対しては、“不運100%”とすべきなのだろうな)
それにしても、刺客を送り込んだのは、間違いなくロザミール侯爵だろう。
臣下である貴族が、王女に手をかけようとするとは……この国はどうかしている。
そのとき、騎士団長グレンが部下を連れて駆け込んできた。
「王女様、ご無事で……」
グレンは俺たちを見て、目を見開いた。
「あなた方は……どうやってここへ」
「リューデンでお渡ししたペンダントが、危機を知らせてくれたので、急いで参りました」
「リューデンから……? いったいどうやって」
「私にも詳しい仕組みはわかりません。ただ、このペンダントの力としか」
グレンはしばらく俺を見てから、深く頭を下げた。
「……ともあれ、王女様をお守りいただき、感謝いたします」
それからゆっくりと顔を上げ、部屋を見渡した瞬間、その顔が固まった。
壁の一部が吹き飛び、柱には深い斬撃跡。
床は血に濡れ、かつて王族の静けさと威厳を湛えていた優雅な部屋は、一夜にして戦場の様相を呈していた。
若い騎士の一人が、剣を握る手を震わせながら呟いた。
「……なんという惨状だ。もっと早く駆けつけていれば……いや、我らが加勢していたとしても、この数の刺客を相手に……勝てただろうか」
グレンの怒声が空気を震わせた。
「戦場では、これが日常だ。血に怯えるな。屍に怯えるな。敵の数を恐れるな。王女を守るために、自らの命を差し出すのが騎士だ。それが怖いなら、今すぐ剣を置け」
若い騎士たちがはっとして背筋を伸ばした。
叱られた若い騎士は唇を噛み、それでも目に力を取り戻してまっすぐ前を向いた。
王女はその様子を毅然とした顔で見つめていた。
だがよく見ると、握りしめた手が小刻みに震えている。
恐怖ではない。
自らを守って散った衛兵や護衛たちのことが、悔しくてならないのだ。
(自分のことではなく、部下の死を悔しむひとなんだな)
胸の中で、静かに言葉が固まっていった。
(このひとは、絶対に死なせてはならない)
***
「王女様、これからどうなさるおつもりですか」
レオナの表情は怒りに満ちていた。
それを押さえ込むように、静かに口を開く。
「王に謁見を申し入れます。一国の王女を殺そうとした。これは謀反と同じことです」
「は、はっ! すぐに手配いたします!」
俺は恐る恐る手を挙げた。
「あの……俺たちは、リューデンに戻っていいでしょうか?」
「待ちなさい。あなたたちも王に会ってもらいます」
「え……わかりました」
(大事になってきたな。俺なんかが、王に謁見していいの?)
(父になんと説明しようか?)
俺はため息をついた。
とはいえ、王女に「嫌です」と言える雰囲気ではなかった。
「王女様、王には何とお伝えになるつもりですか」
「証拠を手に入れ、ロザミール侯爵の不正を正そうとした。その直後、白鷲宮が襲撃された。この事実を、そのまま話します」
「その証拠は、今どこに」
「騎士団本部に保管して……」
レオナの顔色が変わった。
「ま、まさか……!」
グレン団長の顔色が変わる。
「しまった! 王女様、すぐに本部へ向かいます!」
***
しかし、ほどなく本部の方向から煙が上がるのが見えた。
グレンの顔が、みるみる青ざめていく。
「……やられた。俺はなんという間抜けだ」
低く絞り出すような声だった。
「誰か、大至急、様子を確認してこい!」
騎士たちが駆け出す。
戻ってきた時、その顔に血の気はなかった。
「書庫を……燃やされました」
沈黙が落ちた。
グレンは拳を握りしめ、深くうなだれた。
「すべて私の責任だ。王女様を危険にさらし、証拠までも失った。私は団長失格です」
しばらく間があった。
グレンが静かに、しかし確かに聞こえる声で呟いた。
「……あの少年たちが来てくれなければ、王女様の命も……」
言葉が途切れた。
それ以上は続けられなかったようだった。
レオナは静かに首を振った。
「団長、あなたを責めません。私自身も、もっと慎重であるべきでした」
「ですが……!」
「今は責任を問う時ではない。これ以上の被害を出さないために、動きましょう」
グレンはしばらく黙ってから、顔を上げた。
「……はっ。この過ち、必ず償わせていただきます」
俺は静かに問いかけた。
「ロザミール侯爵は……なぜこれほどの力を持っているのですか」
レオナは深く息を吐いた。
声が、わずかに落ちる。
「私には兄が二人います。第一王子は誠実な人物ですが、周囲に気を遣いすぎて覇気がなく、有力貴族から軽く見られています」
「第二王子は違います。欲しいもののためならどんな手も使う、そういうひとで……」
「つまり、ロザミール侯爵の後ろ盾には第二王子がいると」
レオナは答えなかった。しかしその沈黙が、すべてを語っていた。




